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合言葉を失った

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里子出身#1-10 「里親家庭育ちの当事者」として受け取られることへの怖さ

文章を書いてから、三週間が経った。

ファイルは保存したまま、開いていなかった。

開く気になれなかったというより、開かなくてもいいと思っていた。

書いたという事実が、どこかにあれば十分だった。

少なくとも、最初の数日はそう思っていた。

でも一週間ほど経ったころから、少しずつ気になり始めた。

あの夜書いた言葉が、今の自分にはどう見えるのか。

時間が経った分、少し外から見られるかもしれない。

そう思いながら、でも開けなかった。

開けば、何かを決めなければならない気がした。

決めたくなかった。

そのまま三週間が過ぎた。

ある夜、悠からLINEが来た。

「最近どう?あの文章、書いた?」
「書きました」と返した。

「読んでみた?」
「まだ」
少し間があって「読んでみたら」と返ってきた。

それだけだった。

背中を押す言葉でも、急かす言葉でもなかった。

ただ、そう言った。

翌日の夜、パソコンを開いた。

ファイルを開く前に、少し深呼吸した。

深呼吸するほどのことでもない、と思いながら、した。

読み始めた。

最初の数行で、少し恥ずかしくなった。

整理されていない文章だった。

感情が先走っている部分もあった。

でも読み続けると、恥ずかしさより先に、別の感覚が来た。

これは、本当のことだ、という感覚だった。

うまくない。

でも本当のことが書いてある。

二千字の中に、二十六年間言葉にできなかったことが、不格好ながらも形になっていた。

読み終えて、悠にファイルを送った。

深く考えずに、送った。

考えれば躊躇したと思う。

だから考えずに送った。

送ってから、少し後悔した。

でも取り消さなかった。

三十分ほどして、悠から返信が来た。

「読んだ。これ、どこかに出してみたら」
どこかに出す、という言葉が、すぐには受け取れなかった。

誰かに読んでもらうことへの怖さが、また来た。

でも悠が「出してみたら」と言ったという事実は、そこにあった。

翌週の土曜日、房子さんの家を訪ねた。

前回と同じ道を歩いて、同じチャイムを押した。

房子さんが出てきて、同じように「痩せた?」と聞いた。

私は「痩せてないです」と答えた。

それがいつものやりとりになっていた。

台所でお茶を飲みながら、文章を書いたことを話した。

「読んでもらえますか」と言って、印刷してきた紙を渡した。

房子さんは老眼鏡をかけて、丁寧に読んだ。

私はお茶を飲みながら、庭を見ていた。

哲夫さんが植えた小さな木が、風に揺れていた。

読み終えた房子さんが、眼鏡を外した。

「あなたの言葉ね」と言った。

前回も同じような言葉を聞いた。

あのときは、孤立を肯定されているように感じた。

でも今日は、違って聞こえた。

今日の「あなたの言葉」は、これはあなたにしか書けない、という意味に聞こえた。

「ありがとうございます」と私は言った。

「出すの?」と房子さんが聞いた。

「まだ決めていません」と私は答えた。

「決めなくていいのよ」と房子さんは言った。

「書けたことが大事なんだから」
その言葉が、今日は素直に受け取れた。

帰り道、駅までの坂を下りながら、私はどこかに出すかどうかを考えた。

怖さは、まだあった。

自分の経験を外に出すことへの怖さ。

「里親家庭育ちの当事者」として受け取られることへの怖さ。

語ることで、経験が固定されることへの怖さ。

でも、もう一つの感覚もあった。

あの本の中で「どこにも属せなかった、ということ」を書いた三十二歳の女性の文章が、二十六歳の私に届いた。

それは本物のことだった。

誰かの言葉が、誰かに届く。

それが起きた。

私の言葉が、誰かに届くことも、あるかもしれない。

アパートに帰って、パソコンを開いた。

ファイルを開いて、最初から読み直した。

読みながら、少し直した。

整理されていない部分を、少し整えた。

でも感情が先走っている部分は、そのままにした。

そこが本当のところだったから。

タイトルを入れた。

「どちらでもない、私の経験について」
完璧なタイトルではなかった。

でも今の自分には、これが一番正直だった。

投稿するかどうかは、まだ決めなかった。

でも、決めなくていいと思えた。

以前は、決められないことへの焦りがあった。

どちらにも属せないことへの不安があった。

でも今夜は、決めなくていいという感覚が、焦りではなく落ち着きとして来た。

どちらのコミュニティにも完全には属せないまま、でもそれでいい気がしてきた。

施設出身でも、実家育ちでもない。

怒りを持った当事者でも、感謝だけを語る経験者でもない。

里親家庭で育った私の経験は、そのどれでもなくて、でもそのどれかに似ていて、最終的には私にしか語れないものだった。

語ることへの怖さは、まだある。

でも語らないことへの後ろめたさが、今夜は薄かった。

どちらでもない場所に、自分の立つ場所があるのかもしれない。

まだわからない。

でも探す気になっている。

それが三週間前とは、確かに違うことだった。

ファイルを保存して、画面を閉じた。

部屋の電気が、白く部屋を照らしていた。

窓の外に、夜の住宅街が広がっていた。

どの家にも明かりがついていた。

それぞれの家に、それぞれの経験がある。

語られているものと、語られていないものが、あの明かりの数だけある。

私の経験も、そのうちの一つだ。

小さくて、不格好で、まだ言葉になりきっていない。

でも本物だ。

それで今は、十分だと思った。


隊士 お館様管理者

藤の里における鬼倒隊を統率している者。私が初めて鬼の存在を知ったのは、ボランティアの場でした。 里親制度への無知と誤解という鬼が、日本中に蔓延していること。そのせいで、家庭で暮らせずにいる子どもたちがいること。里親になりたくても、なれずにいる人たちがいること。 その現実が、忘れられませんでした。 それからも何度もボランティアを重ねるたびに、鬼の大きさを思い知らされました。 私自身は里親経験者ではありません。 剣を持って戦える立場にはない。 だからこそ、実際に戦ってきた方々の記録を集め、次の誰かへ届ける場所を作ることが、私にできる戦いだと思いました。 藤の里は、その使命のために生まれました。 あなたの戦いの記録を、ここに刻んでください。 その呼吸を、次の世代へつないでいきましょう。

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