アパートに帰ったのは、夜の九時過ぎだった。
鞄を置いて、手を洗って、いつも通りの動作をした。
でもその日は、夕食を作る気になれなかった。
コンビニで買ってきたおにぎりを食べながら、パソコンを開いた。
新しいドキュメントを作った。
タイトルを入れようとして、止まった。
タイトルなんてなくていい、と思って、本文から書き始めることにした。
最初の一文が、なかなか出てこなかった。
悠に「書いてみたらいい」と言われたとき、帰り道ではできる気がしていた。
でもいざ画面の前に座ると、何から書けばいいかわからなかった。
里親家庭で育ったこと、と書こうとして、その続きが出てこなかった。
しばらく画面を見ていた。
それから、タイトルのことは忘れて、今日思ったことをそのまま書き始めた。
悠に「いいじゃん、家庭があって」と言われたとき、私は黙った。
なぜ黙ったのか、ずっとわからなかった。
怒ったわけではなかった。
悲しかったわけでもなかった。
ただ、何かが引っかかって、言葉が出なかった。
書きながら、その引っかかりの正体を探した。
「いいじゃん」という言葉は、私の経験を「良かったこと」として処理した。
良かった部分は確かにあった。
でも良かっただけではなかった。
名前のつかないものが、たくさんあった。
それを「いいじゃん」の一言で着地させることへの抵抗が、あの沈黙だったのかもしれない。
書きながら、七歳のころのことを書いた。
中村家の本棚のこと。
「好きな本を選んでいいよ」と言った房子さんのこと。
それが最初の安心だったこと。
でも同時に、学校で「家族は何人?」と聞かれたときに詰まったこと。
運動会で「あの人たちは誰?」と聞かれて「親戚」と答えたこと。
書いているうちに、言葉が出てきた。
悠が言った通りだった。
書き始めると、止まらなくなった。
里親家庭での十一年間が、断片的に言葉になっていった。
穏やかだったこと。
でも穏やかさの中に、いくつもの一拍の間があったこと。
血がつながっていないことを意識する瞬間が、日常の中に散らばっていたこと。
哲夫さんのこと。
几帳面で、真面目で、私に勉強を教えてくれた人。
でも一度も「父親らしいこと」をしようとしなかった人。
それが冷たかったのか、そうじゃなかったのか、今でもわからない。
わからないまま、書いた。
オンラインイベントで場の外にいた感覚のことも書いた。
施設出身者の言葉に重なれなかったこと。
でも重なれないことへの後ろめたさがあったこと。
里親家庭で育ったことが「恵まれていた」と思われることへの、うまく言葉にできない違和感。
書きながら、涙が出た。
泣くつもりはなかった。
でも書いているうちに、言葉が感情を引き出した。
感情が先にあって言葉にするのではなく、言葉を書くことで感情が出てきた。
そういうことが起きるとは、知らなかった。
どのくらい書いたか、わからなかった。
気づいたら、時計が十二時を過ぎていた。
画面を見ると、二千字を超えていた。
読み返した。
うまい文章ではなかった。
整理されていない部分も、言いたいことが伝わらない部分も、たくさんあった。
でも、自分が書いた言葉だった。
誰かに向けた言葉ではなく、自分に向けた言葉だった。
それが、今夜の全部だった。
ファイルを保存した。
タイトルは、最後まで入れなかった。
入れなくていいと思った。
誰かに見せるためではなかったから。
画面を閉じた。
部屋が静かだった。
おにぎりの袋がテーブルの上にあった。
電気をつけたまま、私はソファに座った。
書いたという事実が、何かを変えた気がした。
何が変わったのか、言葉にできなかった。
でも変わった気がした。
経験を固定したとは思わなかった。
むしろ、流動的なままで、でも輪郭が少し見えた感じがした。
語ることと、語らないことの間に、書くことがある。
それを、今夜初めて知った気がした。
誰にも届かなくていい。
まず自分のために書いた。
それだけで、今夜は十分だった。
窓の外は静かだった。
夜の住宅街の、どこかで犬が一声吠えて、また静かになった。
パソコンをもう一度開こうとして、やめた。
今夜はここまでにしようと思った。
続きは、また書けばいい。
そう思えた。
続きがあると、思えた。
それが今夜の一番の収穫だったかもしれない。
コメント
言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。