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合言葉を失った

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里子出身#1-9 里親家庭で育ったことが「恵まれていた」と思われることへの、うまく言葉にできない違和感

アパートに帰ったのは、夜の九時過ぎだった。

鞄を置いて、手を洗って、いつも通りの動作をした。

でもその日は、夕食を作る気になれなかった。

コンビニで買ってきたおにぎりを食べながら、パソコンを開いた。

新しいドキュメントを作った。

タイトルを入れようとして、止まった。

タイトルなんてなくていい、と思って、本文から書き始めることにした。

最初の一文が、なかなか出てこなかった。

悠に「書いてみたらいい」と言われたとき、帰り道ではできる気がしていた。

でもいざ画面の前に座ると、何から書けばいいかわからなかった。

里親家庭で育ったこと、と書こうとして、その続きが出てこなかった。

しばらく画面を見ていた。

それから、タイトルのことは忘れて、今日思ったことをそのまま書き始めた。

悠に「いいじゃん、家庭があって」と言われたとき、私は黙った。

なぜ黙ったのか、ずっとわからなかった。

怒ったわけではなかった。

悲しかったわけでもなかった。

ただ、何かが引っかかって、言葉が出なかった。

書きながら、その引っかかりの正体を探した。

「いいじゃん」という言葉は、私の経験を「良かったこと」として処理した。

良かった部分は確かにあった。

でも良かっただけではなかった。

名前のつかないものが、たくさんあった。

それを「いいじゃん」の一言で着地させることへの抵抗が、あの沈黙だったのかもしれない。

書きながら、七歳のころのことを書いた。

中村家の本棚のこと。

「好きな本を選んでいいよ」と言った房子さんのこと。

それが最初の安心だったこと。

でも同時に、学校で「家族は何人?」と聞かれたときに詰まったこと。

運動会で「あの人たちは誰?」と聞かれて「親戚」と答えたこと。

書いているうちに、言葉が出てきた。

悠が言った通りだった。

書き始めると、止まらなくなった。

里親家庭での十一年間が、断片的に言葉になっていった。

穏やかだったこと。

でも穏やかさの中に、いくつもの一拍の間があったこと。

血がつながっていないことを意識する瞬間が、日常の中に散らばっていたこと。

哲夫さんのこと。

几帳面で、真面目で、私に勉強を教えてくれた人。

でも一度も「父親らしいこと」をしようとしなかった人。

それが冷たかったのか、そうじゃなかったのか、今でもわからない。

わからないまま、書いた。

オンラインイベントで場の外にいた感覚のことも書いた。

施設出身者の言葉に重なれなかったこと。

でも重なれないことへの後ろめたさがあったこと。

里親家庭で育ったことが「恵まれていた」と思われることへの、うまく言葉にできない違和感。

書きながら、涙が出た。

泣くつもりはなかった。

でも書いているうちに、言葉が感情を引き出した。

感情が先にあって言葉にするのではなく、言葉を書くことで感情が出てきた。

そういうことが起きるとは、知らなかった。

どのくらい書いたか、わからなかった。

気づいたら、時計が十二時を過ぎていた。

画面を見ると、二千字を超えていた。

読み返した。

うまい文章ではなかった。

整理されていない部分も、言いたいことが伝わらない部分も、たくさんあった。

でも、自分が書いた言葉だった。

誰かに向けた言葉ではなく、自分に向けた言葉だった。

それが、今夜の全部だった。

ファイルを保存した。

タイトルは、最後まで入れなかった。

入れなくていいと思った。

誰かに見せるためではなかったから。

画面を閉じた。

部屋が静かだった。

おにぎりの袋がテーブルの上にあった。

電気をつけたまま、私はソファに座った。

書いたという事実が、何かを変えた気がした。

何が変わったのか、言葉にできなかった。

でも変わった気がした。

経験を固定したとは思わなかった。

むしろ、流動的なままで、でも輪郭が少し見えた感じがした。

語ることと、語らないことの間に、書くことがある。

それを、今夜初めて知った気がした。

誰にも届かなくていい。

まず自分のために書いた。

それだけで、今夜は十分だった。

窓の外は静かだった。

夜の住宅街の、どこかで犬が一声吠えて、また静かになった。

パソコンをもう一度開こうとして、やめた。

今夜はここまでにしようと思った。

続きは、また書けばいい。

そう思えた。

続きがあると、思えた。

それが今夜の一番の収穫だったかもしれない。


隊士 お館様管理者

藤の里における鬼倒隊を統率している者。私が初めて鬼の存在を知ったのは、ボランティアの場でした。 里親制度への無知と誤解という鬼が、日本中に蔓延していること。そのせいで、家庭で暮らせずにいる子どもたちがいること。里親になりたくても、なれずにいる人たちがいること。 その現実が、忘れられませんでした。 それからも何度もボランティアを重ねるたびに、鬼の大きさを思い知らされました。 私自身は里親経験者ではありません。 剣を持って戦える立場にはない。 だからこそ、実際に戦ってきた方々の記録を集め、次の誰かへ届ける場所を作ることが、私にできる戦いだと思いました。 藤の里は、その使命のために生まれました。 あなたの戦いの記録を、ここに刻んでください。 その呼吸を、次の世代へつないでいきましょう。

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