「最近、夫(妻)と何を話しましたか?」
この問いに、すぐ答えられない方へ。今日は、そのことについて、少し話させてください。
50代夫婦に、静かに訪れるもの
子どもがいなくても、忙しい日々はありました。
仕事、両親の介護、それぞれの人間関係。二人でいながら、それぞれが別々の方向を向いて走ってきた、という夫婦は少なくありません。
そしてふと気づくと、話題が、天気と食事と体の不調だけになっていた。
これは、仲が悪いのではありません。共通の「目的地」がなくなっただけです。
夫婦とは、同じ方向を向く関係です
愛情とは、向かい合うものではなく、二人で同じものを見ることだと、私は思っています。
子どもがいる夫婦は、意図せず「共通のプロジェクト」を持ちます。
子どもの成長が、二人の共通言語になる。喜びも、心配も、怒りも、共有できる。
子どもがいない夫婦には、その「自然に生まれる共通のプロジェクト」がありません。
意識して作らなければ、二人の時間はただ、並んで流れていくだけになります。
里親という選択は、その「共通のプロジェクト」になり得るものです。
ある里親夫婦のお話
「子どもが来てから、夫がこんなに話す人だったのかと、初めて知りました。子どものことを話すとき、夫の顔が変わるんです。」
(55歳・女性/里親歴3年)
「正直、里親を始めるまで、老後が少し怖かった。二人きりで何十年も、何を話して生きるんだろうと。今は、その心配がなくなりました。」
(57歳・男性/里親歴2年)
「喧嘩も増えました。でもそれは、同じ方向を向いているから起きる喧嘩です。以前の、ただ静かにすれ違う感じより、ずっといい。」
(52歳・女性/里親登録後1年目)
「一緒に悩める」ことの、深さについて
里親の経験は、決して楽なことばかりではありません。
子どもの言動に戸惑うこともある。どう関わればいいか、夫婦で意見が分かれることもある。
支援者を交えて、一緒に考えなければならない夜もある。
でもそれこそが、夫婦を深めるものだと、私は思っています。
共通の喜びは、夫婦を仲良くします。しかし共通の「悩み」と「乗り越え」こそが、夫婦を本当の意味でつなぎます。
同じ子どもを一緒に心配した記憶は、二人の間に、何十年経っても消えない絆を生みます。
二人で始めるから、意味がある
里親は、一人ではできません。
制度の上でも、実際の関わりの上でも、夫婦が共に登録し、共に関わることが求められます。
どちらか一方が熱心で、もう一方が距離を置いている。そういう形では、子どもも、夫婦も、うまくいきません。
だからこそ、里親は「二人で始めるもの」です。
「やってみようか」と夫婦で顔を見合わせる、その瞬間から、もう何かが変わり始めています。
二人の間に、共通の「大切なもの」を。
それが、これからの夫婦の時間を、豊かに変えていくと、私は信じています。
次の記事を書きました。よかったら参考にしてみてください。
あなたは今、社会とつながっていますか。
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言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。