LGBTの里親として、この場所に座っていることへの迷いは、あの瞬間どこかへ消えていた。
九月になると、また運動会のプリントが届いた。
去年と同じ書式で、同じゴシック体で「保護者席:お二人まで」と書いてあった。
私はそれをテーブルに置いた。
去年はこの一行を二度読んだ。
今年は一度だけ読んで、ペンを取った。
ショウが自分から言ったのは、その翌朝の朝食の席だった。
トーストを食べながら、ショウが私の方を見た。
ノブではなく、私を。
「タカシさん、来てほしい」
それだけだった。
九歳の男の子が、こちらを見たまま、ひと言だけ言った。
私は「わかった」と言って、プリントに名前を書いた。
タカシ。
ノブ。
去年と同じ二つの名前。
でも今年は、ペンを持つ手が震えなかった。
当日の朝は曇りだった。
運動場の砂が、去年より湿って暗く見えた。
保護者席に向かいながら、ノブが「去年と同じ場所に座るか」と言った。
私は「どこでもいい」と言った。
本当にどこでもよかった。
去年は席を探しながら周囲の視線を数えていた。
今年はそれをしていない自分に、歩きながら気づいた。
五十四歳と五十二歳の男が並んで保護者席に座った。
同性愛者である私たちを、じろじろ見る人もいた。
見ないふりをする人もいた。
去年と変わらない景色だった。
でも去年と違ったのは、私がそれをほとんど気にしていなかったことだ。
プログラムを膝に置いて、校庭を見ていた。
徒競走が始まった。
スタートラインにショウが並んだ。
白い帽子、去年と同じ。
でも背が少し伸びていた。
ピストルが鳴る前、ショウが保護者席を見た。
私たちを探していた。
目が合うと、ショウは小さくうなずいた。
私もうなずいた。
ピストルが鳴った。
ショウはまた速かった。
最初の数歩で前に出て、そのまま誰にも抜かせなかった。
ゴールテープを切った瞬間、ショウが振り返った。
去年は一瞬だけ保護者席を見てすぐに視線を外した。
今年は違った。
真っ直ぐこちらを見て、小さく手を振った。
私は手を振り返した。
五十四歳の男が、大勢の保護者の前で、九歳の男の子に向かって手を振った。
LGBTの里親として、この場所に座っていることへの迷いは、あの瞬間どこかへ消えていた。
ノブが隣で「よし」と短く言った。
それだけだった。
それで十分だった。
帰り道、三人で並んで歩いた。
去年は言葉が見つからなくて黙って歩いた。
今年は何を話せばいいか、少しだけわかった。
「速かったな」と私は言った。
ショウは「うん」と言った。
それから少し間をおいて「来年も来て」と言った。
私は「来るよ」と言った。
ノブが「俺も来るぞ、当然」と割り込んだ。
ショウが笑った。
口を開けて、声を出して笑った。
九歳の顔が、秋の曇り空の下で明るかった。
私はその笑顔を、正面から見た。
去年の運動会から一年かけて、ようやく正面から見られた気がした。
家に帰ってから、日記を開いた。
去年の同じ日のページを探した。
「来てよかったのかどうか、まだわからなかった」と書いてあった。
五十四歳の自分の字が、今夜は少し遠く見えた。
今年は短く書いた。
手を振り返した。
それだけで、今年は十分だ。
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