名前を呼ばれることの意味を、五十四歳になって、八歳の子どもに教わっている。
冬になった。
ショウが「タカシさん」と呼んだのは、十二月の平日の朝だった。
特別な日ではなかった。
私が台所で味噌汁を温めていると、背中から声がした。
「タカシさん、これどこに置けばいい?」
振り返ると、ショウが昨夜の洗い物を両手で持って立っていた。
コップが二つ。
自分から片付けようとしたらしかった。
私は「そこの棚」と言いながら、声が少し低くなったのを自分で気づいた。
気づかれなかったと思う。
ショウは「うん」と言ってコップを棚にしまい、ランドセルを取りに自分の部屋へ戻っていった。
それだけだった。
味噌汁をよそいながら、私はしばらく動けなかった。
五十四年間、自分の名前を呼ばれることに、これほど重さを感じたことはなかった。
この子に名前を呼ばれることを、知らないうちに待っていた。
そのことに、呼ばれてから初めて気づいた。
その月の終わり、ショウが熱を出した。
夕方から顔が赤く、夕食をほとんど食べなかった。
体温計を持ってくると、三十八度七分。
ノブはその夜、学校の会議で遅かった。
私一人で、ショウの看病をした。
濡れたタオルを額に当てると、ショウの眉がわずかに緩んだ。
布団の中で小さくなっている八歳を見ながら、私はこの子が家に来てから初めて、自分がこの子の「誰か」になりつつあると思った。
建築の図面を引くような確かさではない。
もっと頼りない、でも確かな感覚だった。
夜中に二度、体温を測った。
三十九度を超えたとき、私は冷却シートを取り替えながら、ショウの寝顔を見た。
苦しそうに眉を寄せて、それでも静かに呼吸していた。
この子はいつも、苦しいときに声を出さない。
運動会の朝も、熱の夜も。
朝方、体温が三十七度台に下がった。
ショウが薄く目を開けた。
天井を見て、それから私を見た。
「タカシさん、ありがとう」
かすれた声だった。
私は「うん」と言って、額のシートを取り替えた。
それ以上何も言わなかった。
言えなかった。
ありがとうと言われることへの返し方を、この子の前では、まだ練習中だ。
ノブが帰ってきたのは、それから一時間後だった。
五十二歳の男は玄関で靴を脱ぎながら「どうだった」と聞いた。
私は「熱、下がった」とだけ言った。
その夜、ショウが寝てから日記を開いた。
今夜書きたいことは一つだけだった。
名前を呼ばれることの意味を、五十四歳になって、八歳の子どもに教わっている。
それだけだ。
それだけのことが、今夜の台所を、少し温かくした。
言の葉( コメント )を届ける
言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。