オンラインイベントに参加したのは、悠と会ってから二週間後だった。
名刺をもらったNPOが主催する「社会的養護経験者の集い」で、月に一度開かれているオンライン交流会だった。
参加は無料で、申し込みフォームに名前とメールアドレスを入れるだけでよかった。
送信ボタンを押すのに、三日かかった。
当日、時間になってZoomを開いた。
画面に、十二人の顔が並んだ。
主催者の男性が簡単な説明をして、自己紹介の時間になった。
一人ずつ、名前と出身を話していった。
施設の名前を言う人、県の名前だけ言う人、「施設出身です」とだけ言う人。
私の番が来た。
「橘凛です。二十六歳です。里親家庭の出身で、今はWebデザインの仕事をしています」
「ありがとうございます」と主催者が言って、次の人に移った。
それだけだった。
話題は自然と、施設での経験に移っていった。
門限の話、担当職員との関係、アフターケアの充実度。
みんな、具体的に話した。
経験を共有する言葉を、すでに持っている人たちだった。
私は聞いていた。
頷きながら、相槌を打ちながら、でも話の輪に入れなかった。
施設の話は、私の経験とは重ならなかった。
集団生活をしたことがない。
担当職員という存在を知らない。
十八歳で突然外に出されることへの恐怖も、経験していなかった。
「里親家庭の方、今日いらっしゃるんですね」
途中で、参加者の一人が言った。
三十代の女性だった。
画面越しに、私の顔を見ていた。
「はい」と私は答えた。
「里親家庭って、どんな感じなんですか?やっぱり施設より家庭的な感じですか?」
悪意のない質問だった。
純粋に知りたいと思っているのが伝わった。
でも「施設より家庭的」という比較の枠が、私にはうまく答えられなかった。
「そうですね、家庭的ではあったと思います」と私は言った。
それ以上、言葉が出なかった。
イベントが終わって、Zoomを閉じた。
部屋が急に静かになった。
画面の明かりだけが、暗い部屋を照らしていた。
スマートフォンに、悠からLINEが来ていた。
「どうだった?」
しばらく考えてから「なんか、うまく入れなかった」と返した。
少し間があって、悠から返信が来た。
「わかる気がする」
わかる気がする、という言葉が、少し意外だった。
施設出身の悠が、なぜわかるのか。
でも理由を聞く気にはなれなかった。
ただ「そっか」と返して、スマートフォンを置いた。
天井を見た。
施設出身者のコミュニティで、私は場の外にいた。
里親家庭にいたことを言うと、少し空気が変わった気がした。
特別扱いされた、というわけではない。
ただ、話題の中心から少しずれたところに、自分がいた。
かといって、里親家庭出身者だけが集まるコミュニティは、見当たらなかった。
社会的養護経験者というカテゴリの中に、こんなに多様な経験があるとは、参加するまで考えていなかった。
施設にも種類がある。
里親にも種類がある。
一時保護だけの人もいる。
ファミリーホームで育った人もいる。
同じ言葉の傘の下に、全然違う経験が集まっていた。
それは当然のことだったかもしれない。
でも当然のことを、今日初めて実感した。
里親家庭で育った私の経験は、施設で育った人の経験とは違う。
それは優劣の話ではない。
ただ、違う。
その違いを、誰かと共有したことがなかった。
共有する相手を、まだ見つけていなかった。
窓の外に、夜の街の明かりが見えた。
どこかに、同じ場所に立っている人がいるだろうか。
里親家庭で育って、施設出身者のコミュニティにも馴染めなくて、でも自分の経験を誰かと共有したいと思っている人が。
いるかもしれない、と思った。
いないかもしれない、とも思った。
どちらかわからないまま、その夜も、なかなか眠れなかった。
コメント
言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。