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合言葉を失った

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里子出身#1-6 里親さんが悪い人だったわけじゃないし、制度に傷つけられたという感覚もあまりなくて

悠と二度目に会ったのは、房子さんの家を訪ねた翌週だった。

前回と同じカフェを悠が指定してきた。

席に着くと、悠はすでにコーヒーを飲んでいた。

「お疲れ」と言って、軽く手を上げた。

前回より少しリラックスした雰囲気だった。

私も少し、楽だった。

「最近どう?」と悠が聞いた。

「オンラインイベント、参加してみました」と私は答えた。

「どうだった?」
「うまく入れなかった、ってLINEで言った通りです」
悠は少し笑って「だよな」と言った。

それから「俺もああいう場、最初は慣れなかった」と言った。

施設出身の悠でも、そうだったのかと少し意外だった。

しばらく話すうちに、悠が最近SNSでの発信を増やしていることを教えてくれた。

スマートフォンを見せてもらうと、児童養護施設の制度的な問題についての投稿が並んでいた。

施設の人員不足、アフターケアの不備、十八歳での措置解除の問題。

具体的な数字や制度の問題点を挙げながら、変えるべきだという言葉で締めくくられていた。

「反響、結構あって」と悠は言った。

「同じことを感じてた人が、たくさんいるんだなと思って」
「すごいですね」と私は言った。

本心だった。

悠の発信は、明確だった。

問題がどこにあるか、何を変えるべきか、はっきりしていた。

その明確さが、私には眩しかった。

「凛は、発信しようとは思わないの?」
「思ったことはあります。でも、何を書けばいいかわからなくて」
「里親家庭のこと、書けばいいじゃん」
「でも」と私は言って、少し止まった。

「私、制度への怒りがないんです」
悠が少し首を傾けた。

「里親さんが悪い人だったわけじゃないし、制度に傷つけられたという感覚もあまりなくて。怒りがないのに当事者として語っていいのかって、わからなくて」
悠はしばらく黙っていた。

コーヒーカップを両手で持って、テーブルを見ていた。

何かを考えている顔だった。

私は続ける言葉を探しながら、窓の外を見た。

「怒りがないと語れない、ってことはないと思うけど」と悠はゆっくり言った。

「でも、何を語ればいいかわからない」
「わからないまま語ることもできるんじゃないの」
その言葉を、私はすぐには受け取れなかった。

わからないまま語る、ということが、どういうことなのか想像できなかった。

語るためには、整理が必要だと思っていた。

整理できていないことを外に出すことへの怖さが、ずっとあった。

カフェを出て、駅に向かう道を並んで歩いた。

「制度を変えたいっていう怒りがなくても」と悠が言った。

「里親家庭で育ったってことが、どういうことか、知りたい人はいると思う」
「そうかな」
「そうだよ」と悠はあっさり言った。

「俺、里親家庭のこと、正直よく知らないから。凛の話を聞いて、初めて知ったことがいくつもあった」
その言葉が、少し引っかかった。

悠が「いいじゃん、家庭があって」と言ったとき、私は黙った。

でも悠にとっては、里親家庭の経験は「いいもの」として想像していただけで、実際に知っていたわけではなかった。

知らなかったから、そう言った。

知ってもらうことが、語ることの意味になるのかもしれない。

でもそのためには、まず自分で整理する必要があった。

里親制度への怒りがない当事者として、何を語れるのか。

怒りの代わりに、私が持っているものは何なのか。

駅の改札の前で、悠と別れた。

帰りの電車の中で、鞄の中の本のことを思い出した。

房子さんにもらった当事者手記。

まだ読んでいなかった。

今夜、読んでみようと思った。

怒りがなくても、語れることがあるかもしれない。

まだ確信はなかった。

でもその夜初めて、語ることへの怖さが、少しだけ小さくなった気がした。


隊士 お館様管理者

藤の里における鬼倒隊を統率している者。私が初めて鬼の存在を知ったのは、ボランティアの場でした。 里親制度への無知と誤解という鬼が、日本中に蔓延していること。そのせいで、家庭で暮らせずにいる子どもたちがいること。里親になりたくても、なれずにいる人たちがいること。 その現実が、忘れられませんでした。 それからも何度もボランティアを重ねるたびに、鬼の大きさを思い知らされました。 私自身は里親経験者ではありません。 剣を持って戦える立場にはない。 だからこそ、実際に戦ってきた方々の記録を集め、次の誰かへ届ける場所を作ることが、私にできる戦いだと思いました。 藤の里は、その使命のために生まれました。 あなたの戦いの記録を、ここに刻んでください。 その呼吸を、次の世代へつないでいきましょう。

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