翌朝、誠一を送り出してから、私はいつものように洗い物をした。
それから洗濯機を回して、濡れた衣類をベランダに干した。
一枚ずつ伸ばして、シワを伸ばして、ピンチで留める。
その間ずっと、昨日のあの投稿の言葉が頭の中に残っていた。
「今日、初めて『おかえり』って言ってもらえた」
台所に戻って、テーブルの前に座った。
スマホを手に取って、検索画面を開いた。
少し迷ってから、「里親制度」と打ち込んだ。
最初に出てきたのは行政のページだった。
文字が小さく、図表が多く、読み進めるうちに目が滑った。
次に開いたNPOのサイトは、写真が多くて読みやすかった。
里親にはいくつかの種類があること、養子縁組とは違うこと、子どもが家庭に戻ることを前提としているケースが多いこと。
私はそれを、メモも取らずにただ読んだ。
知らないことばかりだった。
施設で暮らしている子どもが、今この国に約四万人いるという数字が出てきた。
私は一度画面から目を離して、窓の外を見た。
近所の公園で、小学生が二人、鉄棒で遊んでいた。
四万という数字が、うまく実感できなかった。
読み続けた。
里親登録をしている家庭の数が足りていないこと。
登録しても実際に子どもを迎えるまでに時間がかかること。
子どもが里親家庭に慣れるまでの難しさを、経験者が率直に書いているブログを見つけた。
うまくいかない日のことも、包み隠さず書いてあった。
私はそのページをゆっくり読んだ。
きれいな話ではなかった。
でも、だからこそ途中でやめられなかった。
気づいたら、二時間が過ぎていた。
台所の窓から入る日差しが、テーブルの端まで伸びていた。
お腹が空いているのに、立ち上がるのが惜しかった。
昼過ぎに誠一から「今夜は少し遅くなる」とメッセージが来た。
私は「わかった」と返した。
それからまたスマホの画面に戻った。
今度は体験談を読んでいた。
里親として子どもを迎えた四十代の夫婦の話。
最初の一週間、子どもが一言も喋らなかったこと。
ある朝、黙ったまま隣に座ってきたこと。
その重さが、嬉しかったと書いてあった。
私は画面を閉じて、冷蔵庫を開けた。
昨日の残りのご飯で、簡単に昼食を済ませた。
食べながら、さっき読んだ夫婦のことを考えていた。
夕方、誠一が帰ってきた。
「今日何してた?」
コートを脱ぎながら、誠一が聞いた。
いつもの、特に答えを求めていない声だった。
「特に何も」
私は答えた。
嘘をついたわけではない。
家事をして、座っていただけだ。
でも、その「何も」の中に、今日読んだすべてが入っていた。
里親制度のこと、四万人という数字のこと、隣に座ってきた子どものこと。
それを誠一に話す言葉が、まだ自分の中に見つからなかった。
夕食の支度をしながら、玉ねぎを切った。
目が滲んだ。
玉ねぎのせいだった。
それだけのことなのに、私はしばらく包丁を止めて、換気扇の音を聞いていた。
コメント
言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。