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合言葉を失った

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里親応援1-4 翔太から電話が来た夜、私は泣かなかった

週末の夜、翔太から電話がかかってきた。

着信音が鳴ったとき、私は風呂上がりで髪を乾かしていた。

ドライヤーを止めて、タオルを肩にかけたまま画面を見た。

「翔太」という文字が光っていた。

三週間ぶりだった。

「もしもし」
「あ、出た。

元気?」
翔太の声は、少し低くなっていた。

東京に出てからそうなった。

実家にいたころの声より、どこか遠い場所から届くような気がした。

「元気よ。

そっちは?」
「まあまあ。

忙しかったけど、今週ちょっと落ち着いた」
それから三十分ほど、他愛のない話が続いた。

職場の先輩がどうとか、最近よく行く定食屋の話とか、東京は朝晩冷えるようになったとか。

私は相槌を打ちながら、翔太の声の奥にある生活の音を聞いていた。

食器が当たるような音、外を走る車の音。

知らない部屋の、知らない夜の音だった。

「じゃあ、また」
「うん、また電話して」
「はーい」
電話が切れた。

私はドライヤーをテーブルに置いて、ベッドの端に腰を下ろした。

タオルがまだ肩にかかっていた。

泣かなかった。

以前は違った。

翔太と電話をするたびに、切ったあとで決まって目が熱くなった。

声が聞けたうれしさと、遠さの寂しさが一度に来て、うまく処理できなかった。

でも今夜は、ただ静かだった。

泣けなかったのではなく、泣く必要がなかった。

何が変わったのだろう、と思った。

ふと、今週読んだ体験談の一節が頭に浮かんだ。

里親家庭で育った子どもが、大人になってから書いた文章だった。

「あの家を出るとき、また帰りたいと思った。

帰れる場所があると思った。

それだけで、ずいぶん遠くまで行けた」という一文だった。

私は翔太に「また電話して」と言った。

翔太は「はーい」と言った。

そのやりとりが、今夜初めて違う形に見えた。

帰れる場所を確かめる声だったのかもしれない、と思った。

翔太にとっても、私にとっても。

タオルを手に取って、髪の毛をもう一度拭いた。

誠一はもう寝室にいた。

リビングの電気だけがついていた。

私はソファに座って、スマホを開いた。

今週読んだページをもう一度探した。

あの一文が、もう一度読みたかった。

見つけて、読んだ。

二回読んだ。

それから画面を閉じて、天井を見た。

エアコンが静かに動いていた。

風が顔にかかった。

翔太を育てた二十四年間が、今夜初めて「社会とつながっている何か」として見えた気がした。

うまく言葉にできない。

でも、そういう感触だった。

里親という制度があることを、私はなぜ今まで知らなかったのだろう。

知らなかったのではなく、知ろうとしていなかったのだと思った。

自分の子育てで手一杯で、それ以外の子どものことを考える隙間が、どこにもなかった。

それは仕方のないことだったかもしれない。

でも今は、その隙間が目の前にある。

翔太の「はーい」という声が、まだ耳に残っていた。

私はスマホをテーブルに置いて、リビングの電気を消した。

暗くなった部屋の中で、窓の外の街灯だけが白く光っていた。

どこかの家の窓にも、明かりがついていた。

あの明かりの下に、今夜どんな人が座っているのだろう、とぼんやり思った。


隊士 お館様管理者

藤の里における鬼倒隊を統率している者。私が初めて鬼の存在を知ったのは、ボランティアの場でした。 里親制度への無知と誤解という鬼が、日本中に蔓延していること。そのせいで、家庭で暮らせずにいる子どもたちがいること。里親になりたくても、なれずにいる人たちがいること。 その現実が、忘れられませんでした。 それからも何度もボランティアを重ねるたびに、鬼の大きさを思い知らされました。 私自身は里親経験者ではありません。 剣を持って戦える立場にはない。 だからこそ、実際に戦ってきた方々の記録を集め、次の誰かへ届ける場所を作ることが、私にできる戦いだと思いました。 藤の里は、その使命のために生まれました。 あなたの戦いの記録を、ここに刻んでください。 その呼吸を、次の世代へつないでいきましょう。

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