「やめようと言い出したのは、私でした」
そう話してくれたのは、数年前に不妊治療を終えた女性だった。
夫婦で里親登録をした経緯を聞かせてもらう中で、治療をやめた夜のことを、静かに、でもはっきりと話してくれた。
やめどきって、どうやって決めたんですか。
そう聞いたとき、彼女は少し間を置いてから答えた。
「決めた、というより、決まっていた感じです。気づいたらそこに立っていた、みたいな」
不妊治療のやめどきを調べると、情報はたくさん出てくる。
何歳まで続けるべきか。何回の移植が目安か。医師に相談するタイミング。
どれも丁寧に書かれていて、参考になる部分もある。
でも彼女が言っていたのは、そういうことじゃなかった。
「数字の話は、たくさん読みました。でも気持ちの話が読みたかった。やめると決めた夜、どんな顔をしていたか。夫になんと言ったか。翌朝、どんな気持ちで目が覚めたか。そういうことを書いてくれている記事が、なかったんです」
彼女が話してくれた中で、一番印象に残っている言葉がある。
「やめようと言い出したのは私だったけど、夫はどこかほっとしているように見えました。責める気持ちにはなれなかった。でもその表情が、ずっと頭に残っていて」
二人で決めた、というのは本当だったと思う。でも正確には、どちらかが先に折れた。
そしてもう一方が、それを受け入れた。その非対称性を、どこにも言えないまま持ち歩いていた、と彼女は言った。
やめどきって、こういうことなんだと思った。
誰かが先に燃料切れになる瞬間がある。それは弱さじゃない。でも強さとも少し違う。
ただ、限界が来る。そのことを、どの記事にも書いていなかった。
治療をやめた後の話も聞かせてもらった。
感情を整理しようとしたけれど、うまくいかなかった、と彼女は言う。
悲しい、怒っている、後悔している。どの言葉も、しっくりこなかった。
一番近かったのは「空っぽ」という感覚だったそうだ。
何かをずっと目指して走ってきて、急に走る理由がなくなった。
前に進めばいいのか、立ち止まればいいのか、どっちを向けばいいのかわからない場所に、ぽつんと立っているような感じ。
やめどきを正しく選べたかどうか、今でもわからない、とも言っていた。
でも、あのとき限界だったのは本当で、もう一度あの判断に戻れたとしても、きっと同じ選択をしたと思う、と。
里親という選択肢を知ったのは、治療をやめてから少し時間が経ったころだったと、彼女は続けた。
誰かに勧められたわけじゃない。ふと調べて、読んで、「こういう形もあるんだ」と思った。
すぐに答えが出たわけでも、気持ちが整理されたわけでもない。ただ、世界が少しだけ広がった感じがした、と。
不妊治療のやめどきを探してこの記事にたどり着いた人に、一つだけ伝えたいことがある。
数字や基準より先に、自分の気持ちが何かを言っていないか、そこだけ確認してほしい。
正しいやめどきなんて、たぶんない。あるのは、そのときの自分が下せる、精一杯の判断だけだ。
彼女が話してくれたことが、そういうことだったと思う。
私が運営している里親SNSには、治療を経て里親になった夫婦が多く参加しています。
それぞれの経緯も、気持ちの整理の仕方も、みんな違う。
でも「あのとき、同じ気持ちだった」と言える人が、きっとここにいます。
よかったら、のぞいてみてください。
コメント
言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。