結果を聞いた帰り道のことを、話してくれた人がいた。
電車に乗って、窓の外を見ていたら、急に泣けてきた。
でも次の駅でドアが開いて、人が乗ってきて、泣くのをやめた。
家に帰ったら夫がいて、「どうだった?」と聞かれて、「ダメだった」とだけ答えた。
夫は「そっか」と言った。それだけだった。
その夜、ごはんを食べて、お風呂に入って、眠った。泣き続けるわけにもいかないから。
不妊治療をしていると、「結果の日」が定期的にやってくる。
陰性だったとき、どうするか。誰に話すか。どう気持ちを切り替えるか。
そういうことを、誰も教えてくれない。クリニックは次のステップを案内してくれる。
でも、今日この気持ちをどこに置けばいいかは、自分で決めるしかない。
話してくれた人は、結果が出るたびに、少しずつ誰かに話すのをやめていったと言っていた。
最初は友人に話した。「大丈夫だよ」と言われた。励ましてくれているのはわかった。
でも、大丈夫じゃなかった。次は母親に話した。「気楽にしなさい」と言われた。
そのあとは、誰にも言わなくなった。
「言っても、返ってくる言葉が決まってるから」と、彼女は静かに笑った。
言えない、ということの重さについて、もう少し聞かせてもらった。
陰性の結果が出た日、職場では普通に仕事をした。ランチも行った。笑いもした。
誰も気づかない。気づかれないように、していたから。
「平気なふりをしているうちに、本当に平気なのかどうか、わからなくなってくる」
その言葉が、ずっと残っている。
感情を抑え続けると、感情がどこかに行ってしまう。悲しいはずなのに、泣けない。
つらいはずなのに、実感がない。それが強さなのか、麻痺なのか、自分でも区別がつかなくなる。
夫に話せばいい、と思うかもしれない。でも夫婦間にも、言えないことがある。
夫を心配させたくない。夫も同じようにつらいのに、自分だけ崩れるわけにいかない。
そういう気持ちが積み重なって、二人でいるのに、一人でいるような感覚になることがある、と彼女は言った。
「また陰性だった」という言葉を、誰かに言えた日のことも、話してくれた。
治療を終えてから少し経って、同じ経験をした人と話す機会があったそうだ。
そのとき初めて、あの頃のことを言葉にできた。泣いた。相手も泣いた。
言えなかった言葉は、消えるわけじゃない。どこかに溜まっていて、ちゃんと言える場所に出会ったとき、初めて出てくる。
そういうものなのかもしれない、と思った。
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