0歳から里親家庭にいたので、実母との時間が存在しなかった。でも名前だけは知っていた

任務報告

その夜、また画面を開いた。

やめようと思っていた。

照子さんに電話して、少し気持ちが落ち着いた部分があった。

今夜は開かなくていいと思っていた。

でも寝る前に、気がついたら開いていた。

SNSの検索履歴に、「山下恵」という文字がまだあった。

消していなかった。

消せなかったというより、消すことを考えていなかった。

あの文字が残っていることを、毎日確認していた気がした。

三つのアカウントを、もう一度見た。

今日は、プロフィール写真のない鍵アカウントだけに絞って見た。

「yuki_m_1980」。

フォロワー数は表示されていなかった。

フォロー数も見えなかった。

鍵アカウントは、外からわかることが何もなかった。

名前と、数字だけがあった。

フォローボタンを、今日も見た。

昨日と同じボタンだった。

昨日押せなかったボタンだった。

今日も押せる気がしなかった。

でも今日は、なぜ押せないのかを、少し考えた。

押せば、何かが変わる。

変わることへの恐怖は、昨日も感じていた。

でも今日、もう少し具体的に考えた。

変わるとは、どういうことか。

もしこのアカウントが実母だったとして、フォローリクエストを送ったとする。

実母がリクエストを承認すれば、投稿が見える。

見えた先に、何があるのか。

実母の日常が見える。

実母が何を食べているか、どこに住んでいるか、誰と話しているか。

そういうものが見える。

見たいのか。

今夜、その問いを正面から考えた。

見たい、という気持ちはあった。

でも見たいのは、日常ではなかった。

私が知りたいのは、なぜ育てられなかったのか、ということだった。

でもSNSの投稿に、その答えがあるとは思えなかった。

もしこのアカウントが実母ではなかったとして、フォローリクエストを送ったとする。

知らない人にリクエストが届く。

怪訝に思われて、拒否される。

それで終わる。

その場合、何かが終わる気がした。

可能性が、終わる。

このアカウントが実母かもしれないという可能性が、拒否された瞬間に消える。

消えることへの恐怖が、押せない理由の一つだった。

里子として育った私には、実母に関する可能性が、ほとんどなかった。

顔も、声も、においも、知らない。

記憶もない。

0歳から里親家庭にいたので、実母との時間が存在しなかった。

でも名前だけは知っていた。

その名前でSNSを検索して、三つのアカウントを見つけた。

そのうちの一つが、実母かもしれない。

その「かもしれない」が、今の私には大事だった。

確認して、違った場合、「かもしれない」が消える。

消えたあと、また検索する気になれるかどうか、わからなかった。

一時間、画面を見ていた。

時計が十二時を過ぎた。

さおりはもう寝ていた。

アパートは静かだった。

結局、今夜もフォローボタンを押せなかった。

画面を閉じた。

閉じながら、里親として照子さんが私を育ててくれた理由を、今日初めて考えた。

照子さんは元保健師で、子どもたちの健康を支える仕事をしていた。

里親になったのは、そういう仕事の延長だったのか。

それとも、別の理由があったのか。

聞いたことがなかった。

実母がなぜ育てられなかったのかも、照子さんがなぜ育ててくれたのかも、私は知らなかった。

知らないことが、二つ並んだ。

実母は里親でも里子でもない人で、私の人生の外にいる。

照子さんは里親として私の人生の中にいる。

その二人のことを、今夜同時に考えた。

矛盾しない、と思った。

実母のことを知りたいと思うことと、照子さんへの感謝は、矛盾しない。

頭ではわかっていた。

でも今夜、考えながら、少し体でもわかった気がした。

天井を見た。

暗い天井だった。

フォローボタンを押せなかったことを、後悔はしていなかった。

今夜の私には、押せなかった。

それだけのことだった。

明日も押せないかもしれない。

来週も押せないかもしれない。

でも今夜、一時間画面を見ていたことは、昨夜と同じようで、少し違った。

昨夜は、引きずられていた。

今夜は、考えていた。

その違いが、小さいようで、自分には大きかった。

スマートフォンを枕元に置いた。

画面は暗くなっていた。

「yuki_m_1980」という文字は、もう見えなかった。

でも頭の中にはまだあった。

あのアカウントの向こうに、誰がいるのか。

わからないまま、目を閉じた。

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