悠と二度目に会ったのは、房子さんの家を訪ねた翌週だった。
前回と同じカフェを悠が指定してきた。
席に着くと、悠はすでにコーヒーを飲んでいた。
「お疲れ」と言って、軽く手を上げた。
前回より少しリラックスした雰囲気だった。
私も少し、楽だった。
「最近どう?」と悠が聞いた。
「オンラインイベント、参加してみました」と私は答えた。
「どうだった?」
「うまく入れなかった、ってLINEで言った通りです」
悠は少し笑って「だよな」と言った。
それから「俺もああいう場、最初は慣れなかった」と言った。
施設出身の悠でも、そうだったのかと少し意外だった。
しばらく話すうちに、悠が最近SNSでの発信を増やしていることを教えてくれた。
スマートフォンを見せてもらうと、児童養護施設の制度的な問題についての投稿が並んでいた。
施設の人員不足、アフターケアの不備、十八歳での措置解除の問題。
具体的な数字や制度の問題点を挙げながら、変えるべきだという言葉で締めくくられていた。
「反響、結構あって」と悠は言った。
「同じことを感じてた人が、たくさんいるんだなと思って」
「すごいですね」と私は言った。
本心だった。
悠の発信は、明確だった。
問題がどこにあるか、何を変えるべきか、はっきりしていた。
その明確さが、私には眩しかった。
「凛は、発信しようとは思わないの?」
「思ったことはあります。でも、何を書けばいいかわからなくて」
「里親家庭のこと、書けばいいじゃん」
「でも」と私は言って、少し止まった。
「私、制度への怒りがないんです」
悠が少し首を傾けた。
「里親さんが悪い人だったわけじゃないし、制度に傷つけられたという感覚もあまりなくて。怒りがないのに当事者として語っていいのかって、わからなくて」
悠はしばらく黙っていた。
コーヒーカップを両手で持って、テーブルを見ていた。
何かを考えている顔だった。
私は続ける言葉を探しながら、窓の外を見た。
「怒りがないと語れない、ってことはないと思うけど」と悠はゆっくり言った。
「でも、何を語ればいいかわからない」
「わからないまま語ることもできるんじゃないの」
その言葉を、私はすぐには受け取れなかった。
わからないまま語る、ということが、どういうことなのか想像できなかった。
語るためには、整理が必要だと思っていた。
整理できていないことを外に出すことへの怖さが、ずっとあった。
カフェを出て、駅に向かう道を並んで歩いた。
「制度を変えたいっていう怒りがなくても」と悠が言った。
「里親家庭で育ったってことが、どういうことか、知りたい人はいると思う」
「そうかな」
「そうだよ」と悠はあっさり言った。
「俺、里親家庭のこと、正直よく知らないから。凛の話を聞いて、初めて知ったことがいくつもあった」
その言葉が、少し引っかかった。
悠が「いいじゃん、家庭があって」と言ったとき、私は黙った。
でも悠にとっては、里親家庭の経験は「いいもの」として想像していただけで、実際に知っていたわけではなかった。
知らなかったから、そう言った。
知ってもらうことが、語ることの意味になるのかもしれない。
でもそのためには、まず自分で整理する必要があった。
里親制度への怒りがない当事者として、何を語れるのか。
怒りの代わりに、私が持っているものは何なのか。
駅の改札の前で、悠と別れた。
帰りの電車の中で、鞄の中の本のことを思い出した。
房子さんにもらった当事者手記。
まだ読んでいなかった。
今夜、読んでみようと思った。
怒りがなくても、語れることがあるかもしれない。
まだ確信はなかった。
でもその夜初めて、語ることへの怖さが、少しだけ小さくなった気がした。
コメント
言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。