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合言葉を失った

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里親応援2-4 健太の「ふうん」が、胸に刺さった午後

恵子から「うちに来ない?」とメッセージが届いたのは、木曜日の昼だった。

「健太もいるけど、気にしないで。お茶でも飲もう」
私は少し迷った。

里親として迎えた子どもがいる家に、突然お邪魔していいのかわからなかった。

でも恵子が誘うなら大丈夫だろうと思って、「行くよ」と返した。

駅からバスで二十分ほどの、静かな住宅街だった。

恵子の家は以前にも何度か来たことがあった。

門の前に立つと、中から子どもが走り回るような音がした。

それから急に静かになった。

インターホンを押すと、恵子が出てきた。

「来て来て、寒かったでしょ」
玄関に入ると、靴が三足並んでいた。

大人の靴が二つと、小さな運動靴が一つ。

泥が少しついた、くたびれた運動靴だった。

私はそれを見て、目を逸らした。

台所からバターの匂いがした。

「さっきクッキー焼いたんだよ。健太が手伝ってくれて」
恵子がそう言いながら、奥へ案内した。

リビングに入ると、子どもの姿はなかった。

廊下の奥に、ドアが一つ閉まっていた。

「健太、来てるよ。洋子おばさんだよ、昔からの友達」
恵子が廊下に向かって声をかけた。

返事はなかった。

私たちはテーブルに向かい合って座った。

恵子がお茶を淹れて、クッキーを皿に並べた。

いびつな形のクッキーが、六枚あった。

端が少し焦げているものも混じっていた。

「健太が型を押したんだけど、力加減がわからなくて」
恵子が笑った。

私はクッキーを一枚手に取った。

ざくっとした食感で、バターの味がした。

おいしかった。

端の焦げた部分が、かえって香ばしかった。

しばらくして、廊下のドアが少し開いた。

隙間から、目だけが見えた。

黒くて、丸い目だった。

私はそちらを見ないようにしながら、恵子と話し続けた。

気づいていないふりをした。

しばらくして、ドアが少し広く開いた。

小さな男の子が、ドアの縁に手をかけて立っていた。

Tシャツにズボン、靴下が片方だけ脱げかかっていた。

髪が少し寝癖のままだった。

恵子が「おいで」と言った。

健太はゆっくりリビングへ入ってきて、恵子の隣に座った。

私から一番遠い椅子だった。

「こんにちは」
私は言った。

健太は小さく頷いた。

声は出なかった。

恵子がクッキーの皿を健太の前に寄せた。

健太は一枚取って、黙って食べた。

私も自分のお茶を飲んだ。

三人で、しばらく黙っていた。

沈黙が、思ったより重くなかった。

「おばさん、子どもいるの?」
突然、健太が言った。

テーブルの端を見たまま、私に向かって言っていた。

「いるよ。二人。もう大人だけど」
「ふうん」
健太はまたクッキーに手を伸ばした。

それだけだった。

それだけだったのに、帰り道ずっと、その「ふうん」が頭から離れなかった。

バスの窓に額を当てた。

外の景色が流れていった。

田んぼ、住宅、コンビニ、また田んぼ。

健太の黒くて丸い目を思い出した。

ドアの隙間から、こちらを見ていた目。

警戒しているようで、でも気になっている目。

もう大人だけど、と私は答えた。

その言葉が、今になって引っかかった。

二人いるよ、もう大人だけど。

まるで終わった話をするように言った。

子育ては終わった、だから今は何もない。

そういう意味に聞こえた気がした。

でも健太の「ふうん」は、そこで終わらない何かを持っていた。

バスが停留所に着いた。

私は立ち上がって、ドアから降りた。

夕方の風が顔に当たった。

冷たくて、頬が一瞬強張った。

恵子の台所に並んでいた、いびつなクッキーのことを考えた。

端が焦げていて、形がばらばらで、でも全部皿の上にあった。

一枚も捨てられていなかった。

私は歩き出した。

自分の子育ての経験が、誰かの役に立てるかもしれないという感覚が、初めてぼんやりと形を持った午後だった。


隊士 お館様管理者

藤の里における鬼倒隊を統率している者。私が初めて鬼の存在を知ったのは、ボランティアの場でした。 里親制度への無知と誤解という鬼が、日本中に蔓延していること。そのせいで、家庭で暮らせずにいる子どもたちがいること。里親になりたくても、なれずにいる人たちがいること。 その現実が、忘れられませんでした。 それからも何度もボランティアを重ねるたびに、鬼の大きさを思い知らされました。 私自身は里親経験者ではありません。 剣を持って戦える立場にはない。 だからこそ、実際に戦ってきた方々の記録を集め、次の誰かへ届ける場所を作ることが、私にできる戦いだと思いました。 藤の里は、その使命のために生まれました。 あなたの戦いの記録を、ここに刻んでください。 その呼吸を、次の世代へつないでいきましょう。

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