恵子と会ってから、三日間、誰にも話さなかった。
哲也は毎日同じ時間に起きて、朝食を食べて、散歩に出かけた。
退職してからの習慣だった。
私は朝食の片付けをして、洗濯をして、昼前には座るものがなくなった。
その空いた時間に、スマホを取り出した。
「里親制度」と打ち込んだ。
最初に出てきたのは行政のページだった。
図表が多く、文字が小さく、読み進めるうちに目が滑った。
次に開いたNPOのサイトは、写真が柔らかくて読みやすかった。
里親にはいくつかの種類があること、養子縁組とは異なること、子どもが元の家庭や別の家庭へ移ることを前提にしているケースが多いこと。
知らないことばかりだった。
施設で暮らす子どもが今もこの国に約四万人いると書いてあった。
私はその数字を読んで、一度スマホを置いた。
台所の窓から外を見た。
近所の公園に、幼稚園くらいの子どもが一人、母親と手をつないで歩いていた。
四万という数字が、うまく体に入ってこなかった。
また画面を開いた。
体験談のブログを見つけた。
四十代の夫婦が里親として子どもを迎えた記録だった。
最初の夜、子どもが布団の中で声を殺して泣いていたこと。
どう声をかければいいかわからなくて、ただ隣に座っていたこと。
朝になって子どもが「おはよう」と言ったとき、それだけで一日が始まれた気がした、と書いてあった。
私はそのページを、二度読んだ。
昼になって、哲也が散歩から帰ってきた。
玄関で靴を脱ぐ音がした。
私はスマホの画面を閉じた。
閉じてから、なぜ閉じたのかを考えた。
夕食の支度をしながら、何度か口を開きかけた。
「里親って知ってる?」
言葉は頭の中にあった。
でも声にならなかった。
哲也が冷蔵庫を開けて麦茶を出すタイミングで言えなかった。
哲也がテレビをつけてニュースを見始めたタイミングでも言えなかった。
「そういえば、恵子に会ってきたよ」
結局、それだけ言った。
「どうだった?」
「元気だったよ」
哲也はそれ以上聞かなかった。
私もそれ以上話さなかった。
夜、布団に入ってから眠れなかった。
哲也の寝息が聞こえた。
規則正しい、穏やかな音だった。
私は天井を見たまま、なぜ話せなかったのかを考えた。
反対されるのが怖いのか。
笑われるのが怖いのか。
それとも、口に出すことで何かが動き出すのが怖いのか。
長い結婚生活の中で、自分の「やりたいこと」を先に言い出したことが、あまりなかったと気づいた。
哲也の転勤に合わせて引っ越して、子どもたちの学校に合わせて予定を組んで、誰かの都合を先に考えることが当たり前になっていた。
それが不満だったわけではない。
でも今夜、暗い天井を見ながら、自分の「やりたいこと」という言葉が、どこか遠くにある気がした。
やりたいのかどうかも、まだわからない。
ただ、知りたいとは思っている。
窓の外で風が鳴った。
カーテンが微かに揺れた。
哲也の寝息が続いていた。
私はそっと布団の中で向きを変えて、目を閉じた。
里親、という言葉が、暗闇の中でしばらく浮かんでいた。
コメント
言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。