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合言葉を失った

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里親応援1-5 私はまだ何も決めていない、でも

その週の木曜日、私は図書館へ行った。

特に目的があったわけではない。

読みたい本があったわけでもない。

ただ、家にいると静かすぎて、でも誰かと話したいわけでもない、そういう午後だった。

自転車で十分ほどの距離を、落ち葉を踏みながら歩いた。

靴の裏で乾いた葉が潰れる音が、一歩ごとに鳴った。

図書館の自動ドアが開くと、暖かい空気と紙の匂いが一度に来た。

私は受付の横を通り過ぎて、奥の棚のあたりをゆっくり歩いた。

特定の棚を探していたわけではない。

でも気づいたら、社会福祉のコーナーの前に立っていた。

背表紙を一冊ずつ目で追った。

薄い冊子が一冊、棚の端に差してあった。

表紙に「里親制度のてびき」と書いてあった。

行政が作ったような、飾り気のない冊子だった。

私はそれを抜き取って、近くの閲覧席に座った。

借りようとは思わなかった。

ここで読もうと思った。

ページをめくった。

制度の概要、登録の流れ、子どもを迎えるまでの手順。

知っている内容もあった。

先週ネットで読んだことと重なる部分もあった。

でも、紙で読むのは少し違った。

画面より、言葉がゆっくり入ってくる気がした。

里親には、様々な形があると書いてあった。

養育里親、専門里親、養子縁組里親、親族里親。

一口に里親といっても、それぞれ役割も期間も違う。

私はそのページで少し時間をかけた。

制度の輪郭が、少しずつ実体を持ってきた。

閲覧席の窓から、駐車場が見えた。

若いお母さんが、チャイルドシートから子どもを抱き上げていた。

子どもは帽子を被っていて、お母さんの肩に顔を埋めていた。

私はしばらくそれを見ていた。

冊子を棚に戻して、図書館を出た。

来たときより風が強くなっていた。

マフラーを口元まで引き上げて、来た道を戻った。

落ち葉がアスファルトの上を、風に押されて転がっていった。

家に着いて、コートを脱いだ。

台所でお湯を沸かして、お茶を入れた。

湯気が顔にかかって、温かかった。

テーブルに座って、スマホを開いた。

あのアカウントを探した。

里親として小学生の女の子を迎えた、花のアイコンの人。

最後の投稿は三日前だった。

「今日、一緒にお弁当を作った。

卵焼きが不格好で、二人で笑った」と書いてあった。

私はその文章を読んで、もう一度読んだ。

不格好な卵焼きのことを考えた。

笑い声のことを考えた。

翔太が小学生のころ、運動会のお弁当に卵焼きを作った朝のことを、急に思い出した。

早起きして、焦って、端が少し焦げた。

翔太は何も言わずに食べた。

帰ってきたお弁当箱は、空だった。

フォローボタンを押した。

画面が切り替わって、フォロー中になった。

それだけのことだった。

でも、先週止まった指が今日は止まらなかった。

お茶を一口飲んだ。

少し冷めていた。

誠一に話してみようか、とまた思った。

今夜こそ。

夕食のあと、テレビを消して、里親制度という言葉を声に出してみようか。

どんな顔をするだろう。

興味を持つだろうか。

それとも「ふうん」と言ってチャンネルを変えるだろうか。

わからなかった。

でも、話してみたかった。

私はまだ何も決めていない。

里親になりたいと思っているわけでも、何かに申し込もうとしているわけでもない。

ただ、一週間前には知らなかったことを、今は知っている。

それだけのことが、思ったより重かった。

玄関の鍵が開く音がした。

「ただいま」
誠一の声がした。

私は台所から「おかえり」と返した。

自分の声が、いつもより少しだけ、はっきり聞こえた気がした。


隊士 お館様管理者

藤の里における鬼倒隊を統率している者。私が初めて鬼の存在を知ったのは、ボランティアの場でした。 里親制度への無知と誤解という鬼が、日本中に蔓延していること。そのせいで、家庭で暮らせずにいる子どもたちがいること。里親になりたくても、なれずにいる人たちがいること。 その現実が、忘れられませんでした。 それからも何度もボランティアを重ねるたびに、鬼の大きさを思い知らされました。 私自身は里親経験者ではありません。 剣を持って戦える立場にはない。 だからこそ、実際に戦ってきた方々の記録を集め、次の誰かへ届ける場所を作ることが、私にできる戦いだと思いました。 藤の里は、その使命のために生まれました。 あなたの戦いの記録を、ここに刻んでください。 その呼吸を、次の世代へつないでいきましょう。

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