ねえ。 うちってふつうの家族じゃないの?
夕食が終わって、ソウがリビングでハナに話しかけていた。
私は一人で皿を洗っていた。
水の音を聞きながら、私は今夜こそ何か言うべきかと考えていた。
でも何をどう切り出せばいいか、昨日も今日も、言葉は出てこないままだった。
フライパンをすすいで、スポンジを絞って、皿を拭く。
その繰り返しの中に、気配がした。
ハナが台所に入ってきて、私の隣に立った。
何も言わなかった。
私も何も言わなかった。
水の音だけが続いた。
三十秒か、一分か、それくらい経ったころ、ハナがぽつりと言った。
「ねえ。
うちってふつうの家族じゃないの?」
私は手を止めなかった。
グラスの内側をスポンジで丁寧に回しながら、少し間をおいた。
「どうしてそう思った?」
ハナが話した。
学校からの帰り道、ミサちゃんに聞かれたこと。
ふつうだよと答えたこと。
でもそれが本当かどうか、ずっとわからなかったこと。
私は水を流したまま、全部聞いた。
話し終わったとき、私は水を止めた。
タオルで手を拭いて、ハナの隣にしゃがんだ。
九歳の目と、三十二歳の目が、同じ高さになった。
「ふつうじゃないかもしれない」と私は言った。
「俺とソウさんは、男どうしで一緒に暮らしてる。
それは、世間でいうふつうとは違う」
ハナは黙って聞いていた。
「でも」と私は続けた。
「ふつうって、誰が決めるんだろうな」
答えにならないとわかっていた。
もっとうまい言葉があるのかもしれない。
でもこれが、今夜自分の言える正直だった。
ハナはしばらく黙っていた。
それから小さくうなずいた。
何かが解決したわけじゃない。
でもその小さなうなずきが、私の胸の奥に、静かに落ちた。
リビングからソウの「どうしたの二人とも」という声がした。
私は立ち上がって「なんでもない」と言った。
ハナも、少しだけ口の端を動かした。
言の葉( コメント )を届ける
言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。