ランドセルを下ろす音がいつもより重く、廊下を歩く足音が短かった
その日のハナは、玄関を開けた瞬間からちがった。
私は台所に立っていたから、顔は見えなかった。
ただ、ランドセルを下ろす音がいつもより重く、廊下を歩く足音が短かった。
ソウはまだ帰っていない。
家の中に、私とハナの二人だけの静けさがあった。
「おかえり」と私は言った。
「……うん」とハナは言った。
それだけだった。
リビングに来たハナは、ソファに座ってランドセルを膝の上に抱えたまま、テレビもつけずにいた。
私はちらりと横目で見て、それから野菜を切る作業に戻った。
包丁がまな板を叩く音が、妙に大きく響いた。
「手、洗ってきな」と私は言った。
ハナは黙って立ち上がった。
夕食の間、ソウが場を持たせようとした。
今日あった仕事の話、駅前に新しくできたパン屋の話。
ハナは短く相槌を打つだけで、箸があまり進まなかった。
肉と玉ねぎだけ食べて、じゃがいもを残した。
いつもは残さないのに、と私は思ったが、何も言わなかった。
食事が終わると、ハナは「ごちそうさまでした」と言って自分の部屋に戻った。
足音が廊下を遠ざかっていって、ドアが静かに閉まった。
ソウが小声で「どうしたんだろう」と私を見た。
私は首を振った。
皿を洗いながら、私はハナの残したじゃがいもを思い出していた。
ラップをかけて冷蔵庫にしまうとき、何か声をかけるべきだったか、と一度だけ考えた。
でも言葉が出てこなかった。
出てこないまま、冷蔵庫のドアを閉めた。
水道を止めると、家の中がしんとした。
ハナの部屋の電気だけが、廊下の隙間から細く漏れていた。
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