血がつながっているはずの人の、何も知らなかった

任務報告

深夜の十二時を過ぎていた。

部屋の電気を消して、スマートフォンの画面だけが光っていた。

同居人の宮本さおりはもう寝ていて、アパートは静かだった。

私はベッドの上で、SNSの検索窓を開いたまま、動けずにいた。

私は山下ことは、二十四歳。

都内の小さな出版社で校正の仕事をしている。

検索窓に、文字を打ち込んだ。

山下恵。

実母の名前だった。

検索するつもりは、なかった。

指が動いていた。

一日中、頭から離れなかった言葉があって、気がついたら打ち込んでいた。

きっかけは些細なことだった。

今日の午後、校正部の先輩である藤原めぐみさんが、私の隣に来て原稿を確認しながら、何気なく言った。

藤原さんは三十一歳で、私が入社したときから面倒を見てくれている先輩だ。

「ことはちゃんって、お母さんに似てるよね」
それだけだった。

悪意がないことは、わかった。

藤原さんは私の実母を知らない。

里親家庭で育ったことも、話したことがなかった。

ただ、誰かと似ているということを、軽い口調で言っただけだった。

でもその言葉が、一日中、頭から離れなかった。

私は0歳から7歳まで、里親の長谷川照子さんの家で育った。

照子さんは現在六十一歳で、元保健師だ。

夫の長谷川武志さんは六十四歳で、会社員を定年退職して今は家庭菜園をしている。

今も連絡を取り合っている、大切な人たちだ。

実母の山下恵は、私が0歳のとき、育児放棄によって親権を失った。

今どこにいるのか。

生きているのか。

私は何も知らなかった。

顔も、声も、においも、何も知らなかった。

血がつながっているはずの人の、何も知らなかった。

検索結果が出た。

同姓同名のアカウントが、三つ表示された。

一つ目は、プロフィール写真のない鍵アカウントだった。

アカウント名は「yuki_m_1980」。

投稿は非公開で、何も見えなかった。

二つ目は、中年女性らしき写真のアカウントだった。

プロフィールには「横浜在住、料理が好き」と書いてあった。

投稿には、食事の写真が並んでいた。

三つ目は、明らかに二十代の若い女性のアカウントだった。

別人だと、すぐにわかった。

どれが実母かどうか、わからなかった。

わからないまま、三つのアカウントを交互に見た。

プロフィール写真のない鍵アカウントに、目が止まった。

「yuki_m_1980」という名前が、気になった。

1980年生まれとすれば、今年で四十五歳前後になる。

実母が1980年生まれかどうかも、私は知らなかった。

何も知らないから、何もわからなかった。

でも画面を閉じられなかった。

自分が何を求めているのか、わからなかった。

会いたいのか。

確認したいだけなのか。

存在を知りたいのか。

それとも、存在しないことを確認したいのか。

答えは出なかった。

出ないまま、時間が経った。

気がついたら、一時を過ぎていた。

スマートフォンを、ベッドの上に置いた。

天井を見た。

暗い天井だった。

藤原さんは「お母さんに似てるよね」と言った。

私は血のつながった母親の顔を知らない。

どこが似ているのか、確かめる方法がない。

似ているかどうかより先に、似ている相手がどこにいるのかも知らない。

二十四年間、保留にしてきた問いが、今夜に限って動き始めていた。

なぜ今夜なのかは、わからなかった。

ただ、検索窓に名前を打ち込んだことは、取り消せなかった。

打ち込んだという事実だけが、暗い部屋の中に残っていた。

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