ただ、愛することと、育てることは、必ずしも同じではない。
担当の職員さんから少しずつ聞いた話を、私なりにつなぎ合わせると、こういうことだった。
この子の母親は、子どもをとても愛していた。それは本当のことだと思う。ただ、愛することと、育てることは、必ずしも同じではない。
母親自身が、幼いころに安定した家庭を持てなかった人だった。愛の受け取り方も、渡し方も、誰かに教えてもらえないまま大人になった。
だからこの子への愛情は本物でも、それがどういう形で子どもに届くのかは、日によって、気分によって、大きく違った。
機嫌のいい日は抱きしめてくれた。そうでない日は存在ごと無視された。どちらが来るかは、朝起きるまでわからなかった。
この子はそのうち、母親の表情を読むことを覚えた。ドアの開き方、台所から聞こえる音、廊下の足音のリズム。
それらを瞬時に分析して、今日の母親がどちらのモードなのかを判断した。
機嫌がいいと分かれば、愛想よく振る舞った。そうでないと分かれば、気配を消した。七年間で磨き上げられた、サバイバルの技術だった。
記録の中に、母親が残した言葉があった。
「この子には笑っていてほしい。それだけが、私の願いです」
その言葉を読んだとき、最初に感じたのは怒りではなかった。
胸が痛かった。母親もきっと、誰かにそう願ってもらえなかった人だったのだと思った。
そして同時に、この子が初日の玄関で見せたあの整いすぎた笑顔の意味を、ようやく理解した。
あの笑顔は、恐怖から身を守るために覚えたものだったかもしれない。でもそれはきっと、母親の願いに応えようとしてきた証でもあった。
どちらも本当のことだと思う。そしてどちらも、子どもが背負うには重すぎるものだった。
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