同性愛カップルとしてLGBTの里親になることを決めたのは、二年前だった。
六月の夜は、蒸し暑かった。
ユイが玄関に立ったとき、私は靴を揃えることしかできなかった。
六歳の女の子は、花柄のボストンバッグを両手で抱えて、部屋の中を見ていた。
見ているというより、測っていた。
この場所が安全かどうかを、小さな目で静かに確かめていた。
「入って入って、靴脱いでいいよ」
ミオが膝をついて目線を合わせた。
二十六歳の女が、初めて会う子どもにそうやって笑えることを、私は七年間隣で見てきた。
私にはできない。
二十七歳になった今も、できない。
ユイはゆっくり靴を脱いで、部屋に入った。
夕食はミオが作った。
鶏の照り焼き、きゅうりの浅漬け、豆腐の味噌汁。
ミオはカフェの店長をしながら料理の腕を磨いてきた。
今夜は特別に力が入っていた。
醤油とみりんの匂いが部屋に満ちて、私はその匂いを嗅ぎながら、テーブルを拭いた。
三人で食卓を囲んだ。
ミオがよくしゃべった。
好きな食べ物のこと、近くに川があること、週末に一緒に行けたらいいねということ。
ユイは短くうなずいた。
箸はほとんど動かなかった。
照り焼きを一口、味噌汁を二口。
それだけだった。
食後、ミオが皿を重ねていると、ユイが言った。
「前のおうちのごはん、食べたい」
台所の水音が止まった。
ミオがユイを見た。
「どんなごはん?」と聞いた。
ユイはしばらく黙っていた。
それから小さく言った。
「……卵焼き」
それだけだった。
ユイはそれ以上話さなかった。
ミオは「そっか」と言って、また皿を洗い始めた。
水の音が戻った。
私はテーブルの前に座ったまま、動けなかった。
ユイが寝てから、日記を開いた。
同性愛カップルとしてLGBTの里親になることを決めたのは、二年前だった。
申請のたびに書類を書き直して、面談のたびに自分たちの関係を説明した。
二十代の女性同士が里親になれるのかと、何度も不安になった。
それでも進んできたのは、ミオが「やってみよう」と言い続けたからだ。
今夜、私が一番重く感じたのは、そのことではなかった。
ユイが「卵焼き」と言ったときの顔を、何度も思い返した。
泣いていなかった。
怒っていなかった。
ただ、遠くを見ていた。
六歳の子どもが、遠くを見るときの顔を、私は今夜初めて正面から見た。
この子には、帰りたい場所の味がある。
LGBTの同性愛カップルである私たちが里親として何をすべきか、今夜はまだわからない。
ただ、あの卵焼きの味だけは、消してはいけないと思った。
消すことも、できないと思った。
窓の外で、雨が降り始めた。
ユイの部屋の電気は、まだついていた。
言の葉( コメント )を届ける
言の葉を届けるには入隊するか里に入る必要があります。