短期委託の難しさは、「終わりがある」という前提で関係を始めることだ。
最初から長く関わるつもりは、なかった。
短期の委託という形で、2週間だけ子どもを預かる。実親が入院中で、他に頼れる親族がいない。
その間だけ、家庭的な環境を提供してほしいという依頼だった。夫婦で話し合い、「2週間なら」と引き受けた。子どもはその時、4歳だった。
2週間が終わっても、実親の退院は延びた。延びた先にまた事情が重なった。
気づけば委託は続いており、4歳だった子どもが小学校に上がり、やがて9歳になっていた。
人生には、始める前に全貌が見えない縁というものがある。
あのとき「2週間だけ」と思わなければ、引き受けていなかった。引き受けなければ、この5年間はなかった。
短期委託の難しさは、「終わりがある」という前提で関係を始めることだ。
最初の数日、子どもに対して適切な距離を保とうとしていた。
深く関わりすぎると、終わったときに子どもが混乱する。そう考えて、必要以上に情を移さないよう、どこかで自分にブレーキをかけていた。
しかしそのブレーキは、子どもには関係がない。4歳の子どもは、目の前の大人を「一時的な保護者」として認識しない。
ただそこにいる大人として、少しずつ近づいてくる。朝起きると隣に来て座る。手を繋いで歩く。名前ではなく「ねえ」と呼んで袖を引っ張る。
2週間が経つ頃には、こちらのブレーキなど意味をなしていなかった。
最初の延長連絡が来たのは、委託13日目だった。「もう少し待ってほしい」という内容だった。
夫婦で顔を見合わせた。断る理由は特になかった。「もう少しなら」と答えた。そのやり取りが、その後何度繰り返されたか分からない。
短期委託が長期に移行するとき、制度上の手続きが変わる。
書類が増え、面談が増え、関わる人間も増えた。気づけば自分たちは「短期里親」ではなく、気持ちの上でも制度の上でも「この子の養育者」になっていた。
誰かに強制されたわけではない。気づいたらそうなっていた、という感覚だった。それが不思議と、重くはなかった。
委託から1年ほど経った頃、実親が回復して面会に来た。
子どもはその日、朝から落ち着かなかった。何かを察していたのだと思う。
面会の場には自分たちは同席しなかったが、終わった後の子どもの様子を見た。泣いていた。
どんな気持ちで泣いていたのか、聞けなかった。
その夜、子どもはなかなか眠れなかった。布団の中で何度も寝返りを打ち、夜中に起きて水を飲みに来た。
隣に座ってただ背中に手を当てていた。何も言わなかった。言葉では届かないものが、その夜の子どもの中にあった。
実親との面会が定期的に続くようになってからも、委託は継続された。
二つの「家」の間で、子どもは少しずつ自分の感情を整理していったのだと思う。
その整理を手伝うことが、自分たちの役割だと理解するようになった。
転機は、子どもが9歳になった夏だった。
実親のもとに週末を過ごしに行って戻ってきた日の夜、子どもがぽつりと言った。「帰りたくなかった」と。
その言葉の意味を、すぐには整理できなかった。実親のところから、ここに帰りたくなかったのか。
それともここから、どこかへ帰りたくなかったのか。どちらの意味かを確認する前に、子どもは布団に潜ってしまった。
翌朝、何事もなかったように朝食を食べた。こちらも何も聞かなかった。
ただその言葉は、5年間の中で最も重く、最も温かく、胸に残っている言葉になった。
短期委託という入り口は、里親への最もハードルの低い形の一つだ。
「長く関わる自信はないけれど、一時的なら」という気持ちで始められる。それは正直な出発点だと思う。
ただ、短期であっても子どもとの関係は始まる。始まった関係には、予想外の続きがあることがある。それを怖れる必要はないが、覚悟しておいてもいいと思う。
「2週間だけのつもりだった」という言葉は、後悔ではない。あの軽い入り口がなければ、この5年間は存在しなかった。
軽い気持ちで始めたことが、気づけば人生の一部になっていた。そういうことが、里親という経験には起きる。
里親になる前の自分に一言かけるとしたら、「2週間で終わらないかもしれないけど、それでいい」と伝えたい。
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