自分は「サポートしている」つもりでいたが、妻の目には「いるだけ」に映っていたのかもしれない。
妻が里親制度のことを話してくれたのは、不妊治療をやめようかという話をしていた夜だった。
自分はそのとき、どちらかといえば聞いている側だった。妻が調べてきた内容を聞いて、「いいんじゃないか」と言った。
今思えば、その軽さが後になって問題になった。
説明会にも研修にも、一緒に参加した。書類も二人で揃えた。形の上では、対等に進めていたつもりだった。
しかし子どもが来てから数ヶ月が経った頃、妻に言われた。「全部私がやっている気がする」と。
反論できなかった。仕事を理由に、細かい判断を妻に委ねていた。
学校への連絡も、児童相談所との面談の準備も、子どもの夜の不安定さへの対応も、気づけばほぼ妻が担っていた。
自分は「サポートしている」つもりでいたが、妻の目には「いるだけ」に映っていたのかもしれない。
正直に言えば、子どもへの関わり方が分からなかった。
来たのは10歳の男の子だった。施設での生活が長く、大人の男性に対して警戒心が強いと事前に聞いていた。
実際、最初の頃は自分が部屋に入るだけで子どもの表情が固まった。
無理に距離を縮めようとすれば逆効果だと思い、接触を控えた。しかしそれが「関わらない」ことと同じになっていた。
妻は毎日声をかけ、食事を作り、宿題を見ていた。
自分は仕事から帰って「おかえり」と言い、食卓に座り、テレビを見た。
子どもにとって、自分はその家に「いる大人」でしかなかったと思う。
限界が来たのは、委託から1年ほど経った頃だった。
子どもの試し行動が続いていた時期で、妻が精神的に追い詰められていた。その夜、妻がリビングで泣いていた。
声をかけると「もう分からない、どうしたらいいのか」と言った。
そのとき初めて、自分が何もしていなかったことを理解した。
「サポート」とは、妻が困ったときに話を聞くことではない。
日常の中で、最初から半分を担うことだ。それができていなかった。
翌日から、意識的に変えた。朝の支度を自分が担当した。週に一度は自分が夕食を作った。
児童相談所との連絡窓口を自分に切り替えた。小さなことだったが、妻の表情が少しずつ変わっていった。
関係が変わったのは、ある土曜日だった。妻が体調を崩して寝込み、子どもと二人きりになった。
どこかに連れて行かなければと思い、近所の公園に行くことにした。
公園でキャッチボールをした。子どもは最初、ぎこちなかった。自分もぎこちなかった。
それでも30分ほど続けていると、子どもが「もう一回」と言った。その言葉が、その日一番うれしかった。
帰り道、子どもが「またやろう」と言った。それだけだった。しかしそれまで自分に向けられたことのなかった言葉だった。
家に帰って妻に話すと、「よかった」と言って笑った。
里親を夫婦で始めようとしている男性に、一番伝えたいのはこれだ。「妻に任せない」ということ。
里親の実務は、放っておくと自然に女性側に集中する。
連絡、記録、面談、日常のケア、どれも「気づいた方がやる」では、気づく側に偏っていく。
意識して半分を取りに行かないと、いつの間にか妻だけが消耗している。
子どもとの関係も、待っていても始まらない。自分から動かなければ、「いるだけの大人」のまま時間が過ぎる。
不器用でもいい。キャッチボールでも、一緒に買い物に行くだけでも、何か一つ自分だけの接点を作ること。
それが、子どもにとっての「この家にいる男の人」から「この家の人」になる、最初の一歩だと思っている。
里親になる前の自分に言えるとしたら、「いいんじゃないか、じゃ足りない」と伝えたい。
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