食事のときも、日常の声かけをするときも、子どもはどこか遠慮しているようだった。
30代後半の頃、自治体の広報や福祉関係の情報を見ている中で、里親制度という言葉が目に入った。最初は自分には縁のない話だと思った。
しかし読み進めるうちに、家庭で暮らせない子どもがいるという事実が、どこか頭に残り続けた。
子どもの居場所について、初めて真剣に考えるきっかけになった。
子どもの人生に関わるということの重さを考えると、軽い気持ちで決めてはいけないという思いが強かった。
自分に本当に務まるのか。その問いに答えが出ないまま、なかなか一歩が出なかった。
責任感が強いほど、足が止まりやすい。里親を検討する多くの人が経験する、その矛盾した状態がしばらく続いた。
動き出せたのは、視点が変わったことがきっかけだった。
「完璧な親でなくても、安心できる場所を作ることはできるかもしれない」と思えた瞬間があった。
必要としている子どもがいるなら、まず向き合ってみようと思えた。
完璧な準備が揃うのを待つより、できることから始めることへと、気持ちが切り替わった。
子どもが来た最初の頃、想像以上に距離があった。大人しくて感情をあまり表に出さない子だったので、こちらもどう接するのが正解か分からなかった。
無理に距離を縮めようとすると、逆に負担になる気がした。話しかけすぎても空気が重くなる。
かといって何もしなければ、この家に安心できていないのではないかと不安になる。
その加減がつかめないまま、日々が過ぎていった。打ち解けるまでにかかった時間は、当初の予想よりずっと長かった。
最もしんどかったのは、こちらが話しかけても反応が薄く、何を考えているのか分からない時期だった。
食事のときも、日常の声かけをするときも、子どもはどこか遠慮しているようだった。
この家で本当に安心できているのだろうか、という不安が頭から離れなかった。焦るほど言葉が空回りした。
反応が薄いと、次にどう声をかければいいかも分からなくなった。
何かしなければという焦りと、何をしても届いていないような無力感が、交互にやってくる時期だった。
正解を探そうとすればするほど、その正解が遠ざかっていくような感覚があった。
変化が訪れたのは、ある日のことだった。
こちらから聞いたわけでもないのに、子どもが自分から学校のことを少し話してくれた。本当に短い会話だった。
内容も特別なものではなかった。ただ、それまで必要なこと以外ほとんど言葉を発しなかった子が、自分から口を開いた。
うれしかった。
そしてその日を境に、少しずつ表情がやわらかくなっていった気がした。関係は劇的に変わったわけではない。
しかしあの日の短い会話が、その後の積み重ねの始まりになった。
近所には深く詮索されないよう、自然に接することを心がけた。
「家庭の事情で子どもを受け入れている」とだけ伝え、それ以上の説明はしなかった。
職場にも最低限の説明にとどめた。子どものプライバシーを守ることを、周囲への説明よりも優先した。
どこまで話すかの正解はない。ただ、「子どもが余計な目線にさらされないこと」を基準に判断することが、一つの軸になると思っている。
里親をやってみて一番感じたのは、特別なことをするより、毎日の小さな積み重ねの方が大切だということだった。
朝の挨拶、一緒に食べる食事、安心して過ごせる家の空気。大きな変化はすぐには見えない。
しかし気づいたときには、少しずつ何かが変わっていた。
関係というのは、劇的な瞬間によって生まれるのではなく、何でもない日々の連なりの先に自然と育っていくものなのだと、この経験を通じて実感した。
里親を考えている人に伝えたいのは、すぐに家族のようになれるとは限らないということだ。
良かれと思って距離を縮めようとしても、子どもによっては時間が必要だ。
焦らず、安心できる日常を積み重ねることが、遠回りに見えて一番の近道だと思う。
里親になる前の自分に一言かけるとしたら、「早く分かり合おうとしなくて大丈夫」と伝えたい。
関係づくりには時間がかかって当然だ。焦らず、目の前の子どもを見ていけばいい。
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