大切なものを壊し、泣き叫んで暴れたあの数ヶ月。追い詰められて夫婦で泣いた夜もあった。
担当の職員さんから聞いた話は、断片的だった。それでも、つなぎ合わせていくうちに、一つの輪郭が見えてきた。
その子の父親は、仕事が長続きしない人だったらしい。悪意のある人ではなかったと聞いている。
ただ、思い通りにならないことがあると、感情の制御が利かなくなった。怒鳴り声が家の中に響くことが、日常だった。
母親は止めようとしていた。でも母親自身も、夫の顔色をうかがいながら生活していた。
子どもを守りたい気持ちはあっても、自分を守ることで精一杯だったのだと思う。
そういう家の中で、その子は「問題を起こさないこと」を覚えた。
泣かない。要求しない。怒らない。感情を出すことが、家の空気を壊すと知っていたから。
それは六年かけて体に染み込んだ習慣だった。
その話を聞いたとき、家に来た最初の頃のことを思い返した。
わがままを一切言わなかった理由が、ようやく分かった気がした。あれは「良い子」なのではなかった。感情を出すことが、ずっと許されてこなかったのだ。
静かすぎることを不思議に思っていた自分が、少し恥ずかしかった。
そして同時に、試し行動が始まったあの時期のことも、違って見えてきた。
大切なものを壊し、泣き叫んで暴れたあの数ヶ月。追い詰められて夫婦で泣いた夜もあった。
でも今は思う。あれはきっと、初めて感情を出せた時間だったのかもしれない、と。
怒っても、ここは壊れない。そう確かめていたのかもしれない。
そう考えると、あの苦しかった夜々の意味が、すこし変わって見える。
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