特別な出来事ではなく毎日の積み重ねによって里親自身が消耗していく過程の記録。睡眠不足、自分の時間がなくなること、感情的な疲弊。「やめたい」とまで思った正直な気持ちが「自分だけじゃなかった」という安堵を届ける。
LGBTのカップルがこの子の家族になれるのか、という問いも、きれいに消えたわけじゃない。
木曜日の夕方、ソファで横になっていた。
特別なことがあったわけじゃない。
ただ疲れていた。
朝から仕事で、帰りにスーパーに寄って、夕食の準備をして、それだけで力が尽きた。
パートナーは今夜も帰りが遅い。
彼女は自分の部屋で、たぶん宿題をしている。
リビングは静かで、窓の外がゆっくり暗くなっていくのが見えた。
目を閉じた。
委託から半年が経った。
この半年間に何があったか、思い返すと疲れる。
夜中の看病、残ったお弁当、口論、床に座ったまま迎えた朝。
里親としての正解が何なのか、今もわからない。
LGBTのカップルがこの子の家族になれるのか、という問いも、きれいに消えたわけじゃない。
同性愛者である私たちのもとで、この子が「ここでよかった」と思える日が来るのかどうか、まだわからない。
ただ今日は、考える体力が残っていなかった。
うとうとしかけた頃、廊下に足音がした。
彼女の足音だった。
ぺたぺたとした、小さなスリッパの音。
リビングに入ってくる気配がした。
私は目を閉じたまま、息をひそめた。
テーブルの上に、何かを置く音がした。
コとん、という音だった。
それだけだった。
また足音がして、廊下に遠ざかって、部屋のドアが閉まった。
目を開けた。
テーブルの上に、コップが一つ置いてあった。
麦茶が入っていた。
氷も入っていた。
氷がコップの縁に当たって、かすかな音を立てた。
私はしばらく、そのコップを見ていた。
それから起き上がって、コップを両手で持った。
冷たかった。
ひんやりとした温度が手のひらに広がった。
一口飲んだ。
麦茶の、少し苦くて甘い味がした。
廊下のほうを見た。
「ありがとう」
声に出して言った。
部屋のドアは閉まっていた。
聞こえたかどうか、わからなかった。
返事はなかった。
この半年間、ずっと待っていた言葉を、今日は私が先に言っていた。
それがどういう意味なのか、うまく言葉にできない。
里親として何かが変わったのか、それとも私が変わったのか、たぶん両方で、たぶんどちらでもない。
不満がなくなったわけじゃない。
ありがとうをもらえなかった日々の積み重ねは、消えない。
夜中に床で座っていた背中の痛さも、残ったお弁当を流しで洗ったときの気持ちも、まだ体のどこかに残っている。
LGBTのカップルが里親になるとはどういうことか、同性愛者である私たちがこの子に何を渡せるのか、答えはまだ出ていない。
たぶんこれからも、きれいな答えは出ない。
ただ今日、私はコップを受け取った。
彼女は何も言わなかった。
ありがとうも、どういたしましても、なかった。
それでも、あのコとんという音は確かに聞こえた。
テーブルの上に置かれた、あの小さな音は。
窓の外が完全に暗くなっていた。
コップの中の氷がまた鳴った。
私は日記を開いて、今日のことを書いた。
きれいにまとめるつもりはない。
答えが出たふりもしない。
ただ今日の麦茶は、少しだけおいしかった。
それだけを書いて、ペンを置いた。