こちらは「家族として迎えた」という気持ちでいても、子どもにとっては知らない大人の家に来ただけだ
里親という制度を知ったのは、数年前に見たテレビの特集だった。
児童養護施設の子どもたちを取り上げた番組で、「里親」という言葉が画面に出たとき、名前だけは知っていても、実際に家庭で子どもを育てる制度だとは理解していなかった。
番組のあと、なんとなく気になってインターネットで調べた。それが始まりだった。
調べながらも、すぐに動き出せたわけではない。
子育て経験もなく、事情を抱えた子どもを受け入れることの責任の重さを考えると、軽い気持ちでは踏み出せなかった。
いつか子どもが家を離れる可能性があることも、正直怖かった。
夫婦で何度も話し合ったが、「中途半端な気持ちではできないよね」という結論になり、しばらくは調べるだけで終わっていた。
背中を押してくれたのは、自治体の説明会だった。
実際に里親をしている人の話を聞く機会があり、「最初から完璧にできる人はいない」という言葉が印象に残った。
特別な人だけがやるものではなく、悩みながら続けているという話を聞いて、少し気持ちが楽になった。まずは研修だけでも受けてみようと思ったのが、動き出したきっかけだ。
子どもが来た最初の頃、距離の遠さを感じた。
こちらは「家族として迎えた」という気持ちでいても、子どもにとっては知らない大人の家に来ただけだ。会話は少なく、目もあまり合わせてくれなかった。
どう接していいのか分からず、必要以上に気を遣ってしまい、家の中にはどこかぎこちない空気が漂っていた。
一番しんどかったのは、夜の時間だった。寝る前になると急に不安定になり、布団に入ってもなかなか寝付けず、何度も起きてしまう。
理由を聞いても答えてくれないことも多く、「どうしてあげればいいんだろう」と途方に暮れた夜もあった。
疲れが積み重なって、夫婦で小さな言い合いになったこともある。
転機は、ある日の夕方に訪れた。学校であった出来事を、子どもが自分から話してくれた。
特別な内容ではなかった。「今日こんなことがあった」という、ごく普通の話だ。
それまでほとんど自分から話すことがなかっただけに、そのとき感じたうれしさは今でも覚えている。
少しずつだけど、距離が縮んでいるのかもしれないと感じた瞬間だった。
子どもが家を出た日のことは、よく覚えている。ドラマのように泣くことはできなかった。
寂しさはもちろんあった。でも同時に、「無事にここまで来られてよかった」というほっとした気持ちもあった。
静かになった家に帰ってきたとき、実感がじわじわとわいてきた。
今振り返ったとき、「やってよかった」と言い切れるかといえば、正直そう単純ではない。
大変なことも多かったし、正解が分からないまま続けていた部分も多かった。
ただ、あの時間は自分たちにとって大事な経験だったと思っている。「やらなければよかった」と思ったことは、一度もない。
里親を考えている人に伝えたいのは、最初からうまくできる人はいないということだ。
子どもとの関係も、すぐに家族のようになるわけではない。時間がかかるし、戸惑うことも多い。
それでも、少しずつ積み重なっていく時間がある。それだけは確かだと思う。
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