LGBTの里親二人が保護者席に並ぶことで、何か傷つくことが起きると、八歳がすでに計算しているのか

任務報告

九月の終わり、ショウが学校から持ち帰ったプリントの束の中に、運動会の案内が混じっていた。

私はそれをダイニングテーブルで広げた。

「保護者席:お二人まで」という文字が、太いゴシック体で印刷されていた。

五十四歳の男が、その一行を二度読んだ。

夕食の片付けをしていたノブに見せると、五十二歳の男は「行くでしょ、当然」と言って、また皿を拭き始めた。

私たちが同性愛者であることを、ノブはいつもこうやって、問題の外に置く。

それが頼もしいときと、少し羨ましいときがある。

今夜は両方だった。

ショウに「運動会、行くよ」と伝えたのはノブだった。

八歳の男の子は、テレビを見たまま「来なくていいよ」と言った。

声に棘はなかった。

ただ、平らだった。

私はその平らさの底に何があるのか、夜の間ずっと考えた。

遠慮なのか。

恥ずかしいのか。

それとも、LGBTの里親二人が保護者席に並ぶことで、何か傷つくことが起きると、八歳がすでに計算しているのか。

答えは出なかった。

出ないまま、プリントに名前を書いた。

タカシ。

ノブ。

ペンを走らせながら、来てよかったのかどうか、まだわからないと思っていた。

当日の朝、ショウは七時前に家を出た。

私たちより一時間早かった。

玄関で靴を履きながら、こちらを一度も見なかった。

扉が閉まって、足音が階段を降りていく音を、私はダイニングで聞いていた。

会場に着くと、校庭はもう家族連れで埋まっていた。

秋の日差しが白く、運動場の砂が光っていた。

どこかで焼きそばを作る匂いがした。

母親と父親のペアが、シートを広げてお茶を注いでいた。

入口で受付の係員に声をかけられた。

「お子さんのお名前は?」

「篠原ショウです」

係員はリストを指で辿った。

私は息を止めていた。

「篠原ショウくんですね、どうぞ」

それだけだった。

係員は次の家族に向き直った。

私は五十四年生きてきて、他人にそう言ってもらうことを、こんなに待っていたのかと思った。

同性愛者である私たちが、誰かの保護者として受け付けに名前を呼ばれる。

それだけのことに、足が少し震えた。

ノブが隣で「いい天気だな」と言った。

空を見上げていた。

私たちは並んで保護者席に向かった。

五十四歳と五十二歳の男が、秋の校庭を歩いた。

周囲からいくつかの視線を感じた。

感じながら、歩いた。

来てよかったのかどうか、まだわからなかった。

でも今日、ここに席がある。

それだけは確かだった。

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