不妊治療の6年間が、思わぬ形で役に立った。 来たのは6歳の女の子だった。

任務報告

不妊治療をやめると決めた日の夜、夫婦でテーブルを挟んで座っていた。

泣くわけでも、言い合うわけでもなかった。ただ静かだった。

窓の外から車の音が聞こえて、冷蔵庫がかすかに鳴っていた。

6年間通い続けたクリニックに、翌日電話をかけた。

担当の看護師さんが「お疲れさまでした」と言った。その言葉が、予想外に長く胸に残った。

治療をやめた後、しばらくの間、自分たちが何者なのか分からなかった。

「子どもを望んでいる夫婦」という役割が、6年間の自分たちを定義していた。

それがなくなったとき、代わりに何があるのかが見えなかった。

喪失の中で、里親という言葉に出会った。

治療をやめてから3ヶ月ほど経った頃、夫がある夜こう言った。

「里親って、調べたことある?」

自分は調べたことがなかった。その言葉を聞いたとき、正直な反応は「まだそういう話をする気持ちになれない」だった。

治療の疲れが、まだ体に残っていた。子どもに関わることすべてが、しばらくは遠く感じた。

それでも夫が調べてきた内容を、黙って聞いた。制度の仕組み、委託の流れ、登録までのステップ。

聞きながら、「これは私たちの話だ」という感覚と、「まだ私たちの話にしたくない」という感覚が、同時にあった。

その夜は結論を出さなかった。ただ、夫が調べてきてくれたことを、悪くないと思った。

「代替案」ではないと、はっきり思った瞬間。

里親について調べていく中で、一つのことが気になっていた。

自分たちは、子どもを持てなかったから里親を選ぼうとしているのか。

それは「本当に子どもを望んでいる」のではなく、「子どもがいる生活の代替を求めている」だけではないのか。その問いが、しばらく離れなかった。

答えが出たのは、説明会に参加した日だった。

担当者が「今、家庭を必要としている子どもが、この地域だけで何十人もいます」と言った。

数字として聞いていたはずが、そのとき急に、その子どもたちが具体的な重さを持って迫ってきた。

自分たちが子どもを必要としているのではなく、子どもが家庭を必要としている。

その順番の違いに気づいたとき、「代替案かどうか」という問いが、急に小さく見えた。

どういう動機で始めても、目の前の子どもにとっての現実は変わらない。

ならば、動機の純粋さにこだわって立ち止まっている場合ではないと思えた。

不妊治療の6年間が、思わぬ形で役に立った。

来たのは6歳の女の子だった。人懐っこいが、突然泣き出すことがあった。

理由が分からないまま泣いている子どもを前にして、最初は戸惑った。

しかしある日、気づいたことがあった。自分たちは6年間、「なぜうまくいかないのか分からない」という状況の中にいた。

説明のつかない結果を受け入れ続けた。答えが出ない問いと共存することに、どこかで慣れていた。

理由の分からない子どもの涙を、「解決しなければならない問題」として見なくなったのは、その経験があったからかもしれない。

ただそこにいて、泣き止むまで待つ。それでいいと思えた。

不妊治療の6年間が、こういう形で役に立つとは思っていなかった。

夫婦の間で起きた、静かな変化。

治療中、夫婦の会話はいつも治療のことが中心だった。

次の周期はどうするか、結果をどう受け止めるか、次のステップに進むか。それが6年間続いた。

里親になってからの会話は、違った。

「今日あの子がこんなことを言った」「昨日の夕食、よく食べてた」「最近、笑うことが増えた気がする」。

子どもの話ではあるが、治療中の会話とは質が違った。未来への不安ではなく、今日の出来事を話していた。

夫婦関係が、治療中より柔らかくなったと感じたのは、委託から半年ほど経った頃だった。

治療中は同じ目標に向かっていたが、どこか切迫していた。今は同じ日常を生きている、という感覚があった。

「お父さんのご飯、好き」。

関係の変化を感じたのは、夫への言葉だった。

ある夕食のとき、子どもが何気なく「お父さんのご飯、好き」と言った。

夫は料理が得意で、週末によく台所に立っていた。その一言を聞いたとき、夫が少し目を細めた。

その顔を見て、自分も胸が熱くなった。

6年間の治療中、夫がつらそうにしている場面を何度も見た。

男性は治療の当事者でありながら、周囲からは「奥さんを支える立場」として見られることが多い。

夫自身の悲しみや焦りは、どこかに置いておかなければならないような空気があった。

「お父さんのご飯、好き」という一言が、その6年間を少し癒したような気がした。

大げさかもしれない。しかしあの夜の夫の顔を、自分はずっと覚えていると思う。

治療を経て里親になろうとしている人へ。

不妊治療を経て里親を考えている人に、一つだけ伝えたいことがある。

治療中の自分と、里親になってからの自分は、違う人間になっている。

治療中に感じた「子どもが欲しい」という気持ちと、里親として目の前の子どもと向き合うときの気持ちは、似ているようで違う。

どちらが正しいとか、どちらが深いとかではない。ただ、違う。

その違いを怖れなくていいと思う。

治療をやめた日に「何者でもなくなった」と感じた自分たちが、今は「あの子の里親」という場所に立っている。

場所は、探しているうちに見つかるものではなく、気づいたらそこにいた、というものかもしれない。

里親になる前の自分に一言かけるとしたら、「治療をやめた日の静けさを、覚えておいて」と伝えたい。

あの静けさが、その後の出発点になったから。

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