一番しんどかったのは、感情を読み取れないまま「何をしていけばいいのか」が分からなくなったときだった。
不妊治療を始める前から、里親という選択肢は頭の片隅にあった。
治療をやめる少し前から、インターネットでより具体的に調べるようになった。
治療と並行しながら、もう一つの道を静かに探り続けていた時期だった。
動き出すまでの最大のためらいは、将来への問いだった。
もし里子を迎えた後に、自分の子どもを授かることになったとしたら。そのとき、里子と実の子を同じ愛情で接することができるのか。
自分だけでなく、夫も無意識に実の子を贔屓してしまうのではないか。
その問いは、里親になりたいという気持ちとぶつかり続けた。答えが出ないまま、時間だけが経っていった。
背中を押したのは、夫の一言だった。「大丈夫だよ」。それだけだった。理屈でも、根拠でもなかった。それでも、その言葉が一番の後押しになった。
子どもが来て最初に感じたのは、拍子抜けするような戸惑いだった。
想像していたより、ずっと手がかからなかった。
子どもはもっとわがままを言うものだというイメージがあったから、その静かさが逆に不安を呼んだ。
本当に大丈夫なのかと思った。自分の気持ちをほとんど口にしない。感情が表に出てこない。
こちらが何を考えているのか分からず、どう接すればいいのか戸惑いが続いた。
「良い子すぎる」という状況は、一見問題がないように見えるが、別の難しさを抱えている。
感情を表に出すことを、何らかの理由で抑えてきた子どもに、どうやって安心して気持ちを出せる環境をつくるか。それが最初の課題になった。
一番しんどかったのは、感情を読み取れないまま「何をしていけばいいのか」が分からなくなったときだった。
夫に相談しても、「そのうちどうにかなる、時間の問題だよ」という答えが返ってきた。
楽観的すぎて、真剣に向き合ってもらえていないと感じた。友人には、この状況をうまく説明できなかったし、なんとなく相談しにくかった。
周りに同じような経験をしている人もいなかった。
孤独だった。子どものことで悩んでいるのに、その悩みを話せる相手がいない。この孤立感が、しんどさの核心にあった。
里親として困難な状況にあるとき、同じ経験を持つ里親仲間や支援機関の存在が助けになることがある。
しかしその存在を知っていても、疲れ切っているときにはなかなかたどり着けない。
「相談できる場所を先に確保しておく」ことの重要さを、この時期に身をもって感じた。
関係が変わったと感じたのは、外出先での出来事だった。
それまで、わがままを言ったり怒ったりというマイナスの感情をほとんど出さなかった子どもが、その日は帰りたくないと駄々をこねた。大きな声を出した。
普通に考えれば、困った場面だ。しかしそのとき、うれしいと思った。感情を出してくれた。
我慢しなくていいと思ってくれた。この場所で、自分の気持ちを出せるようになってきた。そう感じた瞬間だった。
近所への説明は、引っ越しという形で自然に解消した。新しい土地では、一般的な家庭として受け取られた。
詮索されることなく生活できたことで、子どもにとっても余計な視線のない環境が保てた。
職場には、話しておくべき人と、迷惑をかける可能性のある人にだけ伝えた。
全員に説明する必要はないと判断し、必要最小限の範囲で理解を得た。
里親を考えている人に、最も伝えたいことは時間軸の話だ。
子どもは小さいときだけではない。いつか自分と同じ年齢になり、それ以上に育つ。
その長い時間を、本当にイメージできているか。
今の気持ちだけでなく、10年後、20年後の自分と子どもの関係まで想像してから判断してほしい。
里親になる前の自分に一言かけるとしたら、「もう少し考えるのもありかな」と伝えたい。
前向きな気持ちは大切だ。しかし長い時間軸で自分に問いかける時間を、もう少し丁寧にとってもよかったかもしれないと、今は思う。
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