里親として子どもに向き合いながら、同時に自分自身のメンタルが揺らいでいく。

任務報告

市役所に別の用事で立ち寄ったとき、壁に貼られた一枚のポスターが目に入った。

「里親相談会」と書かれていた。それが、里親という選択肢を意識した最初の瞬間だった。

用事を済ませながらも、そのポスターのことが頭から離れなかった。

制度を知ってからも、すぐに動き出せたわけではなかった。

血の繋がらない子どもを我が子と同じ愛情で迎え入れられるのか。

その問いは、簡単には答えが出なかった。さらに重くのしかかったのは、責任の重さだった。

一時的に迎え入れることと、長い時間をともに過ごすことは違う。

生涯にわたって責任を持てるのか、正直自信がなかった。

「できる」と言い切れる自分がいない限り、踏み出してはいけないのではないかという思いが、しばらく足を止めさせていた。

動き出すきっかけになったのは、里親制度の研修への参加だった。

そこで聞いたさまざまな体験談が、頭で考えていた「里親像」を大きく変えた。

里親を必要としている子どもたちが実際にいること、その子たちにとって家庭という場所がどれほど大切なのかを、体験者の言葉を通じて初めて実感として受け取れた。

「力になれたら」という気持ちが、理屈ではなく素直に湧き上がってきた。

もう一つ大きかったのは、身内が納得してくれたことだ。自分一人の気持ちだけでは決められない。

家族が同じ方向を向いてくれたことが、最後の後押しになった。

子どもが来た最初の頃、家の中はどこかよそよそしかった。こちらも他人行儀になってしまい、変に気を遣いすぎた。

するとその緊張が子どもにも伝わって、今度は子どもの方がこちらに気を使うような状態になった。

気を使わせまいとして、かえって気を使わせてしまう。その悪循環から抜け出せないまま、しばらくの時間が過ぎた。

知らない家庭に入る子どもの気持ちを考えれば、すぐに打ち解けられないのは当然だと頭では分かっていた。

しかし実際にその状況に置かれると、どうすれば自然な雰囲気を作れるのかが分からず、考えていたよりずっと困難だと感じた。

最もしんどかったのは、コミュニケーションが続かない時期が長く続いたことだった。

夕方、休日、晩ご飯の時間。会話が生まれそうな場面をつくろうと、話題を考えて話しかけた。

しかし返ってくるのは一言か二言で、そこで会話が終わった。また話しかける。また一言で終わる。

それが何日も、何週間も続いた。

次第に「受け入れてもらえていないのかもしれない」という考えが頭を占めるようになった。

自分で自分を責め、気持ちが沈んでいく。半ば自暴自棄のような状態になった時期が、この経験を通じて最も精神的にきつかった。

里親として子どもに向き合いながら、同時に自分自身のメンタルが揺らいでいく。

そのことを誰かに話せる場所があれば、あの時期は少し違ったかもしれないと、今になって思う。

変化は、ある日突然やってきた。

こちらから話しかけたのではなく、子どもの方から話しかけてきた。些細な内容だった。

しかしそれまでの日々を思えば、その一言の重さは全然違った。

さらに少し経って、「何をしたい」「何を食べたい」と自分の意見を言ってくれるようになった。

それまでずっと他人行儀だった分、その変化がうれしかった。距離が縮まっているのだと、はっきりと感じた瞬間だった。

職場には、以前から里親について相談していたこともあり、迎え入れることを決めたと伝えると快く受け入れてもらえた。

事前に話していたことで、急な対応が必要になったときも動きやすかった。

近所については、こちらから改めて説明する必要はないと考えた。自分たちが納得していればそれでいい。

聞かれたときには「里親制度を利用した」とストレートに答えた。

説明の仕方に正解はないが、自分たちの軸がしっかりしていれば、周囲への説明は後からついてくるものだと感じた。

里親になってから気づいたことがある。子どもだけでなく、自分自身も成長しているということだ。

人が持つ愛情の強さを実感し、自分の存在価値を改めて感じる場面が増えた。それが今、生き甲斐になっている。

里親を考えている人に伝えたいのは、利用する前に思っていたほどハードルは高くないということだ。

事前に制度の仕組みをきちんと理解することは大切だが、完璧な準備が整うのを待つ必要はない。

難しく考えすぎず、自分に何ができるかだけを純粋に考えてみることが、最初の一歩になる。

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