里親制度を知ってからも、すぐに動き出せたわけではない。
不妊治療を続けるかどうか、夫婦でまだ答えを出せずにいたある日、自治体の広報誌に里親制度の記事が載っていた。
それまで「里親」という言葉は知っていたが、実際に調べてみると、養育里親や将来の養子縁組を前提とした里親など、いくつかの種類があることを初めて知った。
そのとき初めて、里親という選択肢が現実のものとして見えてきた。
里親制度を知ってからも、すぐに動き出せたわけではない。
最大のためらいは「自分たちに本当にできるのか」という不安だった。
実の子どもでも子育ては大変だと聞く。
ましてや何らかの事情を抱えた子どもを受け入れるには、相応の覚悟が必要ではないかと思うと、簡単には踏み出せなかった。
周囲に里親経験者がいなかったことも大きかった。生活がどう変わるのか、具体的に想像できる手がかりがなかった。
転機になったのは、自治体が開いた里親説明会への参加だった。
そこで実際に里親をしている人の話を聞く機会があり、理想だけではなく、悩みながら続けている様子を率直に語ってくれた。
「完璧な家庭でなくても関われる形はある」という言葉を聞いたとき、肩の力が少し抜けた。
里親を検討している段階でまず参加できる説明会は、各都道府県・市区町村の児童相談所や里親支援機関が定期的に開催している。
大阪府内でも複数の窓口が案内を行っており、参加に際して特別な条件はない。
最初に委託されたのは小学校低学年の子どもだった。
思っていたよりずっと静かで、家の中でも遠慮している様子が強く、話しかけても短い返事しか返ってこなかった。
テレビを見ていても落ち着かない様子で、この家でどう過ごしていいか分からないように見えた。
食事のときも量を少ししか取らず、好き嫌いなのか遠慮しているのか判断できず戸惑った。
「何をしてあげるのが正しいのか」が分からないまま、毎日が手探りだった。
最もきつかったのは夜の時間だ。布団に入ってもなかなか眠れない日が続き、夜中に何度も起きることがあった。
理由を聞いても「大丈夫」としか言わない。どう声をかければいいのか分からないまま、ただ隣に座って様子を見ていることも多かった。
自分自身にも余裕がなく、夫婦で対応方針が合わないこともあった。
里親家庭において夜間の不安定さはよく見られることだと後から支援者に聞いたが、その渦中にいるときは、そうした知識があっても気持ちが楽になるわけではなかった。
変化は、ある夕食のときに訪れた。その日、子どもが学校であった出来事を自分から話してくれた。
「休み時間に友達と遊んだ」という、それだけの話だ。
でも、それまでこちらが聞いても「普通だった」と短く返すだけだったから、思わず驚いた。うれしかった。
その日を境に、学校のことや好きな遊びの話を少しずつしてくれるようになった。関係が変わったと実感できた瞬間だった。
近所には「親戚の子をしばらく預かっている」と伝える程度にとどめた。
子ども自身に余計な関心が向くのを避けたかったからだ。
職場には、急な学校行事などで休む可能性があるため上司にだけ事情を説明した。
同僚には特にこちらから話すことはせず、必要な範囲だけ伝えるようにした。
どこまで話すかの正解はなく、それぞれの状況に応じた判断になる。
子どもによって事情はまったく異なり、思うように関係が築けない時期も当然ある。
自分の対応がこれでよかったのか、迷う場面は何度もあった。
それでも、特別なことをしなくても、誰かと一緒に生活する時間が子どもにとって意味を持つことがある、と感じている。
里親になる前の自分に言えるとしたら、「最初から完璧にできなくて大丈夫」ということだ。
分からないことはそのたびに里親会や児童相談所に相談すればいい。もっと早い段階から頼っていれば、気持ちが楽だった場面もあったと思う。
制度の内容や受けられる支援をよく知ったうえで、自分たちの生活の中で無理なく続けられるかを考えること。
それが、里親を検討する際の最初の一歩になると思う。
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