朝のこと、夕食のこと、ドラマのこと。でも全部、どうでもよかった
夕食が終わって、ユキが先に風呂に入った。
カイとリビングに二人で残った。特に話すこともなく、テレビがついていた。
刑事ドラマの再放送で、私は半分も見ていなかった。カイはソファの端に座って、膝を抱えていた。
委託から三ヶ月が経って、リュックはもうクローゼットにしまわれていた。
それだけのことが、今夜は少し嬉しかった。
CMになった。画面が明るくなって、音が変わった。
そのときカイが言った。
「サチさん、このドラマ好きなの?」
私は一瞬、聞き間違いだと思った。カイを見た。カイは画面を見たまま、何事もなかった顔をしていた。
七歳の横顔が、ブラウン管の光を受けて白く見えた。
「まあね」と私は言った。
声が少し低くなった。気づかれなかったと思う。カイは「ふうん」と言って、また画面に戻った。
ドラマが再開して、刑事が誰かを追いかけ始めた。
私はその画面を見ながら、さっきの三文字を、頭の中で何度か繰り返した。
サチさん。
サチさん。
風呂からユキの鼻歌が聞こえた。カイが小さくあくびをした。
時計が九時を回った。何も起きていない夜だった。
カイを寝かしつけてから、寝室で日記を開いた。ペンを持って、今日のことを書こうとした。
朝のこと、夕食のこと、ドラマのこと。でも全部、どうでもよかった。
一行だけ書いた。
今日、カイが私の名前を呼んだ。
それ以上書こうとすると、何か大切なものが崩れそうな気がした。
ペンを置いて、電気を消した。暗い天井を見ながら、もう一度だけ思った。
サチさん、と。
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