里親をしていると、子どもが少しずつ変わっていく姿を目にする。それは劇的な変化ではない。
30代前半、不妊治療を続けていた時期に手にした自治体の広報誌に、里親制度の特集記事が載っていた。
そこで初めて、児童相談所を通じて家庭で子どもを預かる制度があることを知った。
読み終えた後、すぐに動こうとは思わなかった。ただ、その記事のことは、しばらく頭の片隅に残り続けた。
一番大きな不安は、自分たちがその子どもをきちんと受け止められるのかという点だった。
里親になる子どもは家庭の事情を抱えていることが多いと聞いていた。
専門的な知識もなく、経験もない自分たちに、本当に対応できるのか。その問いに答えを出せないまま、時間だけが過ぎた。
夫婦で自治体の里親説明会に参加したのは、そんな時期だった。実際に里親をしている人の話を聞いた。
きれいごとだけではない部分も、率直に語ってくれた。大変な話を聞いたからこそ、「それでもやってみよう」と思えた。
家庭で過ごす時間が子どもにとって大切だということ、完璧でなくてもできる範囲で関わることに意味があるということを、その場で初めて実感として受け取れた。
子どもが来てからの最初の頃は、家の中がひどく静かだった。
話しかけても短い返事だけが返ってくる。目を合わせることも少ない。食事もあまり進まない。
どう接するのが正解なのか分からないまま、戸惑う日が続いた。思っていた以上に距離があった。
「家族になる」などという感覚は遠く、「この場所に慣れてもらう」という段階に、まだ全然たどり着けていないような気がした。
良かれと思って話しかけすぎると、逆に重くなる気がした。
かといって距離を置きすぎると、この家が安心できる場所だと伝わらない。そのバランスが、しばらくの間まったくつかめなかった。
最もしんどかったのは夜の時間だった。
夜になると急に不安になるようで、寝る前になると落ち着かなくなった。
布団に入っても眠れず、何度も起きてきた。最初の数ヶ月は、ほとんど毎晩のようにそれが続いた。こちらも寝不足が蓄積していった。
何が不安なのか、聞いても言葉にはできない様子だった。
答えを求めることをやめて、ただそばにいることだけを続けた。夜中に起きてくるたびに、声をかけて、落ち着くまで待った。それを繰り返した。
今振り返ると、あの夜の時間が、じわじわと関係の土台を作っていたのかもしれないと思う。
劇的な場面ではなかった。何も解決しない夜が、ただ積み重なっていっただけだった。
しかしそれが、後になって意味を持っていた。
半年ほど経った頃のことだ。
学校から帰ってきた子どもが、玄関を入るなり「今日ね」と話し始めた。
それまでは、こちらから聞かなければ学校のことを話すことはなかった。その日は違った。自分から、今日あったことを話してくれた。
内容は何でもないことだった。しかし「今日ね」というその言葉の軽さが、その日だけ違う重さを持っていた。
この家を、少しだけ安心できる場所として感じてくれているのかもしれない。そう思えた瞬間だった。
関係というのは、こういうふうに変わっていくのだと思う。
大きな出来事ではなく、ある日の帰宅後の「今日ね」という一言。そこにすべてが凝縮されていた。
近所には詳しい事情まで話さず、親戚の子どもをしばらく預かっているという説明をすることが多かった。
子どもに余計な視線が向かないよう、情報の出し方を慎重にした。
職場には、上司にだけ里親であることを正直に伝えた。
急な対応が必要になる場面を想定して、最低限の理解を事前に得ておくことが、結果的に子どもとの生活を守ることにつながると判断した。
里親を考えている人に伝えたいのは、理想だけで考えない方がよいということだ。
子どもによって状況も性格もまったく違い、思い通りにいかないことの方が多い。
一人で完結しようとせず、児童相談所や周囲と相談しながら続けていく姿勢が、長く関わり続けるための条件になる。
里親になる前の自分に言えるとしたら、「不安に思う気持ちは自然なことだから、無理に自信を持とうとしなくていい」と伝えたい。
分からないことは周りに頼りながら進めばいい。最初から完璧にできなくて当然だ。
里親をしていると、子どもが少しずつ変わっていく姿を目にする。それは劇的な変化ではない。
夜中に何度も起きていた子が、ある夜だけぐっすり眠った。ほとんど食べなかった子が、今日は少し多めに手を伸ばした。
目が合わなかった子が、ふと視線をよこした。そういう、日常の中の小さな変化だ。
その積み重ねを見守る時間が、里親になってよかったと、しみじみと思わせてくれる。派手な感動はない。
しかしあの時間は確かに存在した。夜が明けるたびに、ほんの少しだけ近くなっていた。
そのことだけは、今も変わらない事実として残っている。
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